及川は迷惑だ。彼と、友達として仲良くなってもいいことなんてひとつもない。いくら彼が彼のバレーに対して無邪気でも、真摯に悩み取り組んでいようとも、どうにもならないようなくだらない問題が、彼の周囲には転がっている。 だから正直、応援する気持ちはありつつもやっぱり彼のことは少し迷惑だった。彼個人やその人格どうこうは別としても、彼を囲む一帯が煩わしかったことは間違いない。 運動できて部の顔、勉強そこそこ、背が高く、面よし愛想よし。コミュニティのヒエラルキーの最上辺。中学の頃は、それとお友達というだけで妬み嫉みは買いがちで、割と仲が良いと思っていた子にさえ抜け駆けだの調子乗ってるだのとボロカスに言われたこともあった。及川って別に女の子にはみんなに愛想いいじゃん。なんで私だけそんなこと言われなきゃいけないの。……反論もむなしい。彼女たちは、私があの男に女扱いされていないことで彼女たちよりも近い距離にいることを理解しなかった。もちろん、私もあまり分かっていなかった。私の性別が女であることと、及川が誰かを「女の子」扱いすることはまったくの別ものだった。そして私にとっても及川はただ及川でしかなかった。何でもできて鼻持ちならない、いつも私を見下ろす嫌な奴。小中高ずっと。 「なに?」 「は?」 「は?ってお前ね、そっちが俺の顔をじろじろ見てたんでしょうが」 「見てない」 あっそ、とすんなり引き下がった及川は露骨に、興味ないね、みたいな表情で前を向いた。 「及川」 「なに?」 「アイス食べない?」 「及川さんお前には奢らないよ」 「アルバイターが奢ってあげますよ」 「さすがに女の子に奢ってもらえないなあ」 ちゃらけた笑いを浮かべた横顔がむかつく。高校に入っていっそうモテるようになった及川が、この私を女の子呼ばわり。女扱いなんかされたことがないのに。いやなやつだ。真面目な顔をして、楽しくてしょうがないみたいに笑ってボールを打っているときとは大違いの、いつも通りに私を横目で見下ろす及川が、無性にむかつく。 今さら、自分でももうどうしたいのか分からない。及川と仲良くしたいのか、女扱いされたいのか、いまいち自分の中でもはっきりしなかった。彼が部活のない平日の放課後、家が同じ方向なばかりに学校みたいな人目がないのをいいことにして彼と並んで一緒に帰ったりしているくせに。 彼は、十代の少年らしくどこまでも無邪気に自分のスポーツを愛している。体格に恵まれていて、才能もある。及川は、ふつうではない。でもだからといって特別ではなかった。そして彼が背後から感じていた強迫は、凡人の私にとっては想像上の恐怖でしかなかった。立っているステージの違いから、私は彼に寄り添うことなど例え望んだとしても到底できなかったし、それはその役目を担っている人間が別にいた。 バレー以外のときの、私の知っている限りの及川は、どうしてこんなに嫌な奴なのだろう。懸命な、真剣な姿が、あんなに様になるのに、どうしてこんなにねじくれた男なのだろう。 「今さては何か失礼なことを考えているね名前」 「うーん、半々」 「何と半々よ」 「むかつくのとかっこいいのの半々、及川は」 間があった。一瞬、及川は真顔になって前を見つめた。こちらを見ようか迷うように目が泳いでいた。道の右手にいつものコンビニが見えてきた。エナメルバッグのストラップをぎちぎち言わせながら、奇妙に開いた隙間をあっさりと拭い取るように及川が言う。 「コンビニ入る?」 「うん。何買う?」 「トオルはぁ、ハーゲンダッツ食べたいな」 「くねくねすんなよ、気色悪いな」 「嘘だよ、自分で買うよ、お前は何がいいの」 店内は涼しかった。さっきの気色悪いおねだりと裏腹に及川は一本70円の棒アイスを手に取った。 「同じの」 「そう?はい」 及川は当たり前に同じ味のを取って、ぽいと投げるように手渡してきた。凍ってぱりぱりの袋の表面がじわりと溶けて、手が濡れる。 外に出て、各々で買ったアイスのパッケージを開けて、なんとなく会話もなくまた歩き出す。 「及川、歩くの早いよ」 「お、いいね、女の子っぽいよその言い方」 「ばかじゃないの」 友達なんだろうか、私たちは。常々疑問に思っている。及川のことを、学校にいるときは迷惑だなあとしか思わないのに。バレー部やクラスの男子とかといると騒がしいし、女子に囲まれていると幅を取るし、当の及川と少し話しただけで外野から難癖をつけられる。嫌な思いをしたこともあるのに。 私には及川のことなんか少しもわからない。昔から知っている人ではあっても、友達じゃないかもしれないし、彼の愛するもののことを私はちっとも知らない。 「むかつく」 「え、なに、俺に言った?」 「うん」 「名前ってたまに理不尽だよね」 及川さん傷つくなあ。そう続けながら、及川は、ハン、と鼻で笑った。むかつく。私のことを「女の子」と言うくせに、いつまでも同じ扱いをする及川が。そのことで少し悲しくなっている自分のことも。 「あ、ハズレだ」 何のことかと横を見ると、及川はアイスの棒を見ていた。つられて私ももう何も残っていない棒を見る。ハズレだった。 「あとさ、名前はあんまり軽々しく及川かっこいいとか言わないでくれる。俺嬉しくなっちゃうから」 「よく言うよ」 自分が、ハン、と及川そっくりに鼻で笑っていることに気づいて、横でキメ顔をしている及川を見て、なんだかばからしくなってしまった。 かかわれもしない彼の内面のことを小難しく考え込むのはやめだ。不毛だ。となりで歩いている今みたいな時間があって、私にはそれで充分なのだ、きっと。彼を取り巻くものが私の迷惑だろうが及川が私を女だと思っていなかろうが、楽しいから、今はこれで。 title by 獣 ×
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