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女性の立ち姿に見惚れる。目が釘づけになる。息をのむ。女性を目の前にして、実際にそうなることは、初めてだった。麗しい美貌の女なら、数多く見てきたはずなのに。その日、はじめてみたなまえの着飾った姿に、俺は文字通り立ち尽くしてしまった。

富と権力。蜜に群がる蝶のように、惹かれた人間はたくさんまわりに集まってくる。それでも、容貌に心奪われるなんて、そんな経験はなかったのだ。

それなのに。美しく着飾ったなまえの姿に、一瞬息が止まった。なぜ、こいつはこんな姿で俺の部屋にいるんだ?帰宅したての頭に、疑問符が浮かぶ。

艶やかな黒のドレス。太ももまでスリットが深くはいりなまえの象牙色の肌を晒している。日に晒されていないそれは、しみひとつなく、絹のように美しい。大胆に露出している両肩は、なまえが多少肉をつけたからといっても、いまだに細く、女性的なラインを描いている。顔にも、化粧が施されている。黒のアイラインと、頬と唇に朱色の紅がひかれている、シンプルなものだった。何の変わり映えもしない典型的な『着飾った女』の格好だ。だが、体の底で、血がわき踊るような落ち着かない感覚を覚える。


「クロコダイルさま……、今日は、歓迎会を開いていただいて、それで、このドレスをいただいたんです」

頬を赤らめながら、たどたどしく説明するなまえは、いつもと変わらない。着飾ることがなかったから、恥ずかしいのか目線はうろうろしている。いつもの挙動不審ななまえだった。

喉を鳴らして唾を小さく飲み込んだ。動揺を悟られるべきではない―――と、そこまで考えて、気づく。俺は、女としてのなまえを見て、動揺しているのか? 考えることを放棄して、気になったことを投げかけた。

「今日は一日その姿だったのか? 」
「いえ、夕方からです。あの、お仕事が終わったら、夕食のときに、みなさまが歓迎会を……それで、いつまでも従業員服だけじゃかわいそうだからと、お祝いで……」

そこまで聞き、皆がこの姿をみたことに気がつく。そうして、胸の内に湧き上がったのは、まず嫉妬心。お気に入りの玩具を知らぬ間に誰かがとってしまったような。自分だけの隠れ家が他人に暴かれてしまったような。そんな感覚。

元々、こいつがどんな見目をしていようと、これからはずっとそばに置く。そういうつもりで、「俺のもの」だと、奪い返しにいったのだ。自分が気にもしなかったなまえの一面が、他人によって開花されたことが、気に食わない。

「やっぱり、似合わないですか? 」

なまえが不安げに、下から覗きこんでくる。

ここで臍を曲げてしまうのは、あまりに大人げない、だが、正直なんといえばいいのかわからなかった。なまえを「美しい」と女性を褒めるように褒めてやればいいのか? 「似合う」と、余裕気に笑みをみせてやって、そうして女として扱ってやればいいのか? そのどれもが、しっくりとこなかった。

そもそも、俺がなまえに対して持つ感情は、最早惚れた腫れたという次元の話ではないのだ。ただひたすら、甘やかして、からかって、ドロドロになるくらい愛して、そうしてそばにおきたい。まさしく、ペットとでもいえるような存在。なのに、手放せない。中毒性のある厄介なペット。

ペット――、そうか、ペットか。

「………チッ、御主人様に黙って、ほかのやつに触らせてるんじゃねぇよ」

ぐいと腰をつかんで引き寄せる。お互いの下半身が布越しに密着する体勢で、上から、なまえの顔を覗きこむ。目は驚きでマヌケにまんまると見開かれている。こいつは、いくら外を見繕ったところで、なまえはなまえなのだ、と俺はひとり笑った。

「………ま、そういう格好も、たまには趣旨変えでいいかもな」

今度、首輪でも買ってやろう。そんなことを思いながら、露出している太腿を撫で上げた。驚きで顔を上げたなまえ、それを捕えてキスを掠めとる。紅が擦れて、ずれた。俺の唇にも、いくぶんか移っているだろう。

自らの唇を舐めあげながら、なまえの首筋から胸元に手をそわした。すると、明らかに動揺していて、困ったように眉根をよせている。それにまた、欲情して。


本当は、わかっている。困らせたいのも、甘やかしたいのも、からかいたいのも、抱きたいのも、なまえだけだ。そして、それの理由が、ペットだから、なんて簡単なものではないことも。

でも、それを認めることはできなかった。自分以外の何物も、力がなければ無価値としてきた、信条を否定することになってしまう。

まぁ、いまは、そんなこと、どうだっていいか………

そこで俺は思考を放棄し、なまえをかかえあげると、ベッドに運ぶ。そうして、またキスをして抱き合った。

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