04

「はいれ」と、腰掛けたままぞんざいに命じると、扉がゆっくりと開かれた。

扉の先に立っていたのは、最近取引をしたばかりの商人と、それに連れられた、やせっぽちでみすぼらしい女。


商人の男は恭しく一礼すると、簡単にあいさつの口上を述べはじめる。長くなりそうなおべっかを続けたそうだったが、それを、軽く手をふり本題へはいるようにうながした。こんな男にかける時間、本当は一秒だって惜しい。だが、「クロコダイルさまのお目にぜひいれたい一大事」だというから、わざわざ時間を割いてやったのだ。

すると、緊張で上擦った調子で、商人は口を開いた。

「サー・クロコダイルは珍しいものがお好きと聞き、献上に参りました。 港からはいったばかりの奴隷です。ご覧ください! この象牙色の肌!この砂漠の国では、めずらしいでしょう!」

興奮した様子の商人を、冷ややかにみつめる。めずらしいと思っているようだが、『めずらしいがめずらしくない』この海で、随分とおめでたいことだ、と心の中で失笑する。大方、ふだんはヒトを売買することもないような小物なのだろう。そもそも『奴隷制』はこの国では禁止されて久しいはず。ほんとうにその商品に扱うものは、自分の首を絞めかねない商品名を、滅多に口にしないものだ。


さて、そんな不慣れな商人の手にわたってしまった『奴隷』が、きちんと手入れをされているはずもなく。見かけは、16、17の小娘で、随分薄汚れていて小柄でやせ細った体躯をしていた。粗悪品か、と鼻で笑いながら、その顔をみると、何故か惹きつけられた。ざっくばらんに伸ばされ放題だった髪だが、不揃いな前髪の下から覗く眼が、俺を一直線に見抜いていたからだ。

貧相ないでたちに見合わぬほど、挑戦的に睨めつけている。この国で英雄を呼ばれて久しいが、この俺に、まだこんな目をしてくるやつがいるとは。ひさしぶりに懐かしい感覚がした。盲目的な憧憬の視線には、飽き飽きしていたところだったのだ。

最近はB.Wの仕事があまりにうまくいきすぎて、少し拍子抜けしていた。もしかしたら、ちょうどいい暇つぶしになるかもしれない。手元において、飼いならしてみようか。それに、断るにしても、この男を適当に納得させるのも、面倒であった。ダンスパウダーを入手するのに必要だった銀も、そのための取引も、もう必要なくなるのもすぐとなったいま、適当にあしらってやればよい、と結論づける。


「………いいだろう、おいていけ。見返りは、そうだな、帰りに表のカジノの換金場のヤツと話せばわかるようにしておこう」
「あ、ありがとうございます!今度も、どうか、どうか、ご贔屓に!」

そういうと、目を輝かせて、落ち着かないように来た時と同じよう一礼して部屋をでていった。哀れで、思わず、クク、と男を馬鹿にする笑いがもれた。ほんとうにめでたいやつだ。こんな商品価値もなさそうなので、まともな金がもらえると思っているとは。

残されたのは、俺とその奴隷……いや、俺が一応は買ったのだから、『元』奴隷女だけ。机上の電伝虫をとり、簡単な言伝を換金所にしてから、使用人をひとり呼ぶよう申し付けると、席を立った。

所在なさげに立ちすくむ女との距離を縮める。一歩進めるごとに、あからさまに身体を揺らしてびくつく。そのくせ、俯きがちで、前髪の隙間からよこす視線だけはやたら強い、不思議な女だった。


ついたばかりといったが、なるほど、そうらしい。潮のかおりと汗のにおいが鼻を掠め、眉を顰める。風呂にもいれてもらってないのだろう、大した商品だ。

「顔を、よくみせろ」

そういうと、素直におもてをあげた。幼い顔立ちに不釣合いな、感情の読めない強い眼だ。それが、いまは、不安に揺れている。もしかすると、見た目ほど幼くないのかもしれない。手をのばして、人差し指で前髪を適当にわけてやる。

「女、名は?」

質問が聞こえてるのか、聞こえてないのか、わからないが惚けたように俺をみつめる女が、思い切ったように口をひらいたのは、しばらくたってからのことだった。

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