いつか恋人だった恐竜

 とある島。とある古骨董店。年代物の品が所狭しと埋め尽くす薄暗い店に、それは、ひっそりとあった。すべらかな乳白色の、恐竜の頭蓋骨の化石。埃をかぶって、打っ棄られた頭だった。

 今は、なまえの部屋の片隅を陣取っている。ベッドの傍のサイドテーブルで、ランプの橙色を反射して、鋭くさけた口には、まるで笑みのような表情が浮かんでいた。

 太古を生きた爬虫類、恐竜の骨。なまえは、これによく似た骨格を持つ男を知っている。


「なまえ。君の趣味は、時折理解に苦しむ」

 ドレークが、人の家のベッドに腰かけて、骨の鼻先を指先で撫でている。ティーポットから視線をあげて顔だけ振り返らせると、苦々しげな声色とは相反して楽しそうに目元を細めていた。

「一目ぼれなんです」
「その趣味が悪いといったつもりなんだが」

 几帳面に整えられた爪。日に焼けて乾燥した手の甲。長く、骨ばった、ドレークの指。それが、つるりとなめらかな、黄ばんだ骨の表面を撫でる。長い年月を経て摩耗された表面は、実に肌によく馴染むことをなまえは知っている。

「わたしは、好きです」
「ふうん」

 なまえは視線をテーブルに視線を戻す。カップに琥珀色の紅茶を注ぎ終えるまで、しずかな沈黙が部屋を満たしている。背を向けていても、ドレークがあの骨の頭を眺めているのがわかった。

 なまえがドレークを部屋にあげるのは初めてのことだった。ドレークが部屋に立ち寄らないように、細心の注意を払っていたのだ。部屋に鎮座するあの骨は、あまりに……似すぎている。それにどんな感情を重ねているかも聡いドレークには悟られてしまうに違いない。

 白い湯気をたてるカップをソーサーの上にのせて差し出すと、ありがとう、といってドレークは受け取った。一口啜ると、思ったよりも熱かったのか眉を顰めた。その不釣合いに子供らしい仕草になまえが思わず笑みを浮かべたときのこと。

「傷が足りないんじゃないか?」

 なまえは息をのんだ。まさに油断した瞬間に、後ろから刺された心地がした。すべてを見透かす深い海の色の目をして、ドレークは口元に緩めてみせる。ごくり、と唾を飲み込んだ。誤魔化すように湯気をたてるカップを唇によせる。落ち着かせるようと、ふうを息を吐いて湯気を吹きはらった。

「……何の話でしょうか」
 なまえは、視線を逸らして素気なく答える。何でもない風を装って、ドレークが誤魔化されてくれることを願いながら。
「いや、何でも。あぁ、なまえ。そんなところで立ってないで。ひとりで寛いでいて、悪いな」

 あまり大きく表情を変化させないドレークが、申し訳なさそうに眉をさげる。失礼します、と声をかけて、ベッドの端、ドレークの隣に腰かける。狭いなまえの部屋にはソファもなくベッドがソファ代わりになっている。ふたり、黙って紅茶を啜る。なまえはミルクたっぷり蜂蜜入り。ドレークはストレート。

「だが、なまえ、妬けるよ」
「妬けるって、」

 どういうことですか、と口にしようとした瞬間、真面目な顔をしたドレークと視線がぶつかる。

「彼は、君の寝姿を毎日拝んでるわけだろう?」

 彼、のとことで片眉あげて、揶揄うように骨の頭にちらりと視線をやる。悪戯半分の笑みをつくっているものの、真っすぐになまえを見据える眼差しは真剣そのものだったから、なまえは冗談でしょうとうまく笑うこともできずに、ぽかんと唇をあけてばかみたいに惚けていた。そんな様子に、ドレークは苦笑だけ返す。

「さて、そろそろ失礼しよう。夜分に悪かった。美味しい紅茶をありがとう」

 おやすみ。そういって額に紳士的なキスをして、優しい恐竜は部屋を去った。



titly by alkalism

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