29

その日は、クロコダイルの帰宅が早かった。日が暮れてから少しして、私室に帰ってくる。それから、夕食をここでともに食べた。何か粗相をしないか気が気ではなかった。今までで初めてのことでとても戸惑った。彼は、いつもどこかほかで食べてきて、わたしと過ごす時間は寝酒とそれからベッドで寝る、一日のうちほんの少しの時間だけだったのに。

チラチラと顔を盗み見るものの、いつも通りの平静な顔からは何もわからなかった。先に食事を終えたクロコダイルは、ソファでくつろいでいる。わたしは食器を下げたり雑用をこなしてから、彼のために酒を準備していた。

「おい、なまえ」と、急に声がかけられる。

驚いて振り向くと、「……こっちに来い」とそっけなく命令される。ソファに腰掛けたクロコダイルの両足は開かれ、その間には空間が空いている。あそこに座れ、ということだろうか。また緊張することをさせる。困ったように眉根をよせていたが、諦めた。悩んだところで、そもそも、わたしに何か物申す権利はないのだ。

片手にグラスを持ったまま、なるべく体が触れ合わないように座ったのに、お腹にまわされた腕が強引に抱き寄せ、ぴったりと背中にそって密着するような形になった。クロコダイルの大きな体がわたしを包み込む。

熱い体温が伝わり、急に鼓動が早くなった。右手が、私のグラスを持つ手を包み込み、優しく撫でている。グラスを思わず揺らしてしまい、カラン、と氷が小気味よく鳴る。こぼさないように、慌てて両手で持ち直した。

「なんだ、そんな顔を赤くして、昨日のことでも思い出しているのか?」

グラスから手が離れると、すっと顔へと伸びてくる。頬を越え無骨な指がわたしの髪を耳にかけた。それから、ゆっくりと耳の裏から首筋まで指が辿っていく。その感触に、背筋に痺れが走った。こんな煽情的な仕草、絶対わざとだ――、からかわれていることがあからさまで、怒りやら恥ずかしさやらで顔が火照った。耳の後ろまで熱い。きっと赤くなってしまっているだろう。

「そう急かすな、酒の一杯も楽しませろ」

ククク、と喉を鳴らして笑う。わたしの手からグラスを奪うと酒を舐めるように楽しんでいる。今までにない甘い雰囲気に、混乱しどおしだ。気まぐれなのか、いったいなんなんだろう。自分でも、自分に対した価値がないということくらいわかる。それなのに、彼はわたしを助けに来てくれた。こうして時間を一緒に過ごしてくれる。しかも、それだけでなく、昨日も今日もこんなに優しくしてくれる。まるで夢のようで信じがたかった。

夢見心地で、されるがままにその晩も抱かれた。そして、気が遠くなるくらいの執拗な愛撫と繰り返される激しいその行為に、昨日と同じくまた、いつの間にかわたしは気を失ってしまったのだった。

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