まっかな嘘と似非の愛

もうこれきりで終わりにしようとおもった。それで終わりにするつもりだった。当然のように、終わるものだと思っていた。

「もう、これきりに、しようと、」

視線をおとして、膝の上で握りしめた手のひらをみつめる。声は震えていた。クロコダイルと過ごす時間は、いつも………息苦しかった。生きる世界の隔たりを感じるたびに胸が痛んだ。いつか、きっと、別れの瞬間がくる。そのとき、去りゆく背中をみつめるくらいなら、いっそ、自分から身を引こうとおもった。その方が、悲しさもいくらかましなはずだと。

「……クロコダイルさんに、会わない方がいいと思うんです」

そう口にさえしてしまえば、クロコダイルも「そうか」といって、平静至極な顔で、なんでもないことのように、わかってくれると思っていた。わたしは、失望と、安堵がないまぜになった感情のまま、彼の人生から退場するものだと。

爬虫類を思わせる鋭い双眸はきつく、寄せられた眉根は眼孔に影を落とし不気味な迫力を放っている。額には青筋が浮いていた。口元には、何故か微かに笑みが浮かんでいて、それが恐ろしかった。しかし、溜息をついた瞬間、鋭利な雰囲気は霧散し、諦めのにじんだ表情にかわる。

「なまえが、そういうのなら――」

仕方ねぇな、と呟く低い、とびきり低い声。視線が伏せられ、はらりと額にひと房の髪が零れ落ちる。それを、節くれだった指が掬って、耳にかけるのをみながら、わたしが感じていたものは確かに安堵だった。







嘘だろう、と呆然とした心持でなまえをみつめていた。うまくやれているとおもっていた。多少ぎこちなさののこる空気感は、彼女の控えめな性質によるものだろうと。すべて時とともに解決していくものだと、間抜けにも、そう信じていた。

言葉を重ねて、ともに時を過ごして、身体を重ねて、ともに熱を共有して、感情を分かち合って、いつかわかりあえるはずだと。しかし、そんな甘い幻想を嘲笑うようななまえの言葉。もう、これきりにしよう、だと?

―――何もわかっちゃあいなかった。おれは、なまえのことを。そして、なまえはおれのことを。怒りと苛立ちに顔が強張る。ふつふつと身体の内側で血液が煮立つような心地だった。ギリ、と拳を鳴るほどきつく両手を握りしめて、噛締めた歯の間から息を零す。目を細めたままなまえの顔をみていると、怒りがすうと腹の底に落ちて、ぷつん、と神経の切れる音がした。妙に頭は冷静で、穏やかな表情すら浮かべられるけれど、より深いところにもぐった鬱憤は、より性質が悪い。

「なまえが、そういうのなら――」

物分かりがいい言葉を口にしてやると、なまえの顔に浮かんだのは紛れもない安堵の表情だった。それをみて、仕方ねぇな。と呟く。口元には自然と笑みが浮かんだ。――仕方ない。わからない子には少々躾が必要だろう。

万が一、と自室に呼び入れるときは鍵を閉める癖をつけてよかった、ということに思い至って声にだして笑いそうになった。なんだ、結局、紳士然していたところで、あの白い喉元に喰いつく準備はいつだってできていたということじゃあないか。



title by 星食

back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -