爪先なら崇拝

雷三年のふたり。



冬のなまえは、ハンドクリームのにおいがする。ちょっと甘くて優しいにおいだ。

そういって、エネルは目元を緩めた。真冬の恒例行事、寒い寒いと文句を零しながら、家に帰るたびに冷え性のわたしの指先を、エネルが甲斐甲斐しく温めてくれている最中のことだった。末端まで冷えた手をお湯にひたしたときのように、くすぐったい疼痛をともなってじわりじわりと温まっていく。そう長くはない時間だけれど、靴も脱がずに玄関でこうしている。

「それにしても、冷えてる」と、わたしの両手をつつんだまま、エネルが笑うと指先に吐息がかかった。気恥ずかし気な沈黙の後、何がない会話がはじまる。

「……なまえ、今日はどうだった?」
「んー、特に。いつもどおりかなぁ」
「いつ聞いてもなまえはそういう」とエネルが苦笑する。
「変わり映えしない日々を送っているもので。でも、最近は毎日待たせて、ごめんね」すねたように返した後、眉をさげて謝ると、エネルが視線をあわせてくる。笑みを消した瞳はいつもと同じ、冷たくて薄い青。

「まったく構わない。家でなまえを待っている時間は嫌いじゃない」
「そっかあ。……ありがとう。気が長いんだね」

照れ隠しで誤魔化すように付け加えると、逡巡の後「いや、案外、心は狭いぞ」と呟く声。

「そうかなぁ」
「ああ。気に食わない奴には、セーターに袖をとおすたびに静電気でばちっとさせるし、そうだな……あとはマフラーにもするな」
「………地味だね。すごい能力のすごい地味な使い方してるね」
呆れのまじった声でいってやると、真剣な調子でエネルが反論する。
「万が一にもばれるわけにはいかないだろう。地味だが、地味なりに効く嫌がらせだ。意地が悪いんだ、わたしは。心が狭い」
「うーん。本人にそういわれてしまうと否定しがたい」
地道に静電気を仕込んでいるエネルの様子を想像するとおかしくなってくすくす笑ってしまった。真面目な顔して、エネルが続ける。

「なまえは誰にもやらんぞ、とも思っている。心が狭いから、この役目すら、ストーブに渡すには惜しい」

まっすぐな視線でいわれると、冗談なのか真面目なのかわかりかねて、困ったように笑うしかない。

「それは、ちょっと大変だね」
「あぁ、なまえは大変な拾い物をしてしまった」

ふっと口の端をひきあげてエネルが笑う。どうやら冗談だったようだ。悪戯な目をして、わたしの両手を口元に引き寄せたかと思うと、薄い唇の感触。爪先への暖かなキス。生暖かな体温を伝えている。かと思うと、すぐに「さ、終わりだ」といって手をはなして、ふたりして目をあわせて苦笑した。

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