脛なら服従

己の本質は、人というより獣に近いのだろうか。ふいに、ロブ・ルッチは、そんなことを疑問に思う。恋だとか、愛だとか、慕情だとか、そんなものに軽率にうつつを抜かす人間を、心底軽蔑していた。―――いや、軽蔑というより、そういった感情を絶対的に軽視していた。取るに足らないくだらぬものと。

そういった態度を、恋愛に対してとりつづけてきたものだから、ルッチが恋心を自覚したとき、まず憶えたのは恐怖だった。胸の奥からふつふつとわきあがる微炭酸のようななまえに対する好意を己の中にみつけたとき、敵の殺意に晒されたとき同様、身の毛がよだった。好意を抱くことは、自殺行為に似ていた。好意は、利用され搾取されあまつさえは弱点にもなり得る、唾棄すべきものであったため、恋を自覚したからといって、甘酸っぱい感傷に浸る余裕などなく、ただ、恐怖に身体を冷たくした。ゆえに、ルッチはなまえへの恋心に気づいた瞬間、まずその事実に畏怖し、全力で目を瞑ろうとした。殺してしまえばいいのだ、恋心など。簡単なことの筈だった。誰か名付けたのか知らないが、冷酷な殺戮兵器と揶揄されていることくらい知っている。こういってしまうと皮肉だが、そう噂が立つほどの己が、それくらいできないわけないと。………それなのに。ルッチは悔し気に歯噛みする。気づくとなまえを目で追っている。少しでも傍によると心が浮足立つ。声をきけただけでその日1日軽やかな気分で過ごせる。夢にまでみる―――これは、由々しき事態だった。瞼の裏からなまえの姿を追い払えない。



「ルッチさん、これ」となまえが微笑む。それになるべく視線をあわさないようにして、書類を受け取った。目をあわせられなかった。目は口程に物を言うとはいったもので、如何わしい欲望を抱いていることが伝わってしまうのではないかと、怖れた。

昨晩のこと。なまえの夢をみた。何度目か数えるのを忘れた頃のことだった。なまえは、後ろ手に縛られた状態で、ベットの上に転がされて、恐怖に震えた目をしていた。ルッチが、追い詰めるようににじりよると微かに抵抗する様子をみせ、―――手を縛られているせいか、なまえは弱々しく足を振り上げる。その足首をつかんで、引き寄せる。無理に引き摺られ、なまえの顔は苦痛に歪んでいた。可哀そうに、となんの感慨もなく思った。同時に、夢なのだから、もっと自分に都合のいい夢をみればいいのにとやけに達観した感想を抱く。なぜ、夢の中ですら嫌われているのだろうか。……おそらく、人に好かれる想像が上手くできないせいだろう。足首の、くるぶしのところに口づけると、なまえが息をのむ声を耳が捉えた。そのまま、ゆっくりとふくらはぎをたどって膝の方に移動すると、なまえの足がか細く震え始める。嗜虐的な笑みが浮かんだ。

それは、きっと、キスなんて生易しいものではなかった。生憎、優しくしてやるやり方なんて知らない。思いながら、震える脛に噛り付くように口付けた。いっそのこと、なまえを傷つけてしまいたかった。その顔が、己の所為で歪むところがみたい。なまえの恐怖におびえる声を聞きながら、夢だと解っていながら、なぜだか泣きたい気持ちになった。あれだけ抵抗してみせたのに、恋心に服従させられたようだった。泣き方など、とうに忘れてしまったのに。目覚めたとき、頬は当然のように乾いていて、余計物寂しさが募った。

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