きっとロマンスなんだなあ。

流石、道力9と評されるだけあって、スパンダム本人に戦闘力は皆無であるが、彼は決して貧弱な身体つきをしているわけではない。細身ではあるが、ファンクフリードを扱うだけあって余分な肉は見受けられないし、すらりとしなやかに伸びた肢体をしている。偉丈夫とはいえないが、背丈もある。

それでも、例えば、海軍の一兵卒とですら、比べられてしまうと頼りない。有り体にいってしまえば、弱そうなのである(事実、本人は弱くもある)。闘う男という感じが一切ない。諜報機関CP9の司令長官である、というのに。この危機感のなさはどうしたものだろう……と、なまえはスパンダムをみつめながらそんなことを思った。

薄い身体をしている。胸元の開いたシャツからはほっそりとした鎖骨がのぞいて、肌の白さが際立つ。やわらかな巻き毛は薄紫の、春のすみれの花のよう。それに、彫りの深い綺麗なアーモンド形の切れ長の瞳。薄めの唇。………こうして、特徴だけをあげていけば本当に、薄幸の美少年さながらだが、しかし、スパンダムはそもそも美少年といえる年齢ではないし、ギプスがせっかくの顔立ちをすっかり隠してしまっているし、品のない表情と本人の人間性がすべてを台無しにしている。……それにしても、この危機感のなさは、大丈夫なのだろうか。となまえの思考はまた同じ場所にもどる。

なまえがこうしてスパンダムをつぶさに観察するようにみつめはじめてから、ゆうに10分は経過しようとしている。せっかく淹れてきたカップの中のコーヒーもとっくに冷めてしまった(しかし、淹れたてであっても零してしまうからあまり飲んでもらえることはない)。兎角、人の気配にも視線にも鈍すぎる。仮にも世界政府において要職を占める男が、これほどにも鈍感で大丈夫なのだろうか。ひとりでほうっておいたらすぐに殺されてしまいそうだ。守ってもらう精神がとことん染付いているのだろうか、なんて、なまえの思考が危ない方向に転がりはじめた頃に、やっとスパンダムがなまえの視線に気づいて、顔をあげた。そうして、目と目があった瞬間、大袈裟な仕草で執務机の上にあった書類を散らかした。ばさばさと書類を机から落としながら、狼狽えた様子。

「お、おい、なまえ、いつからいたんだ!声かけろよ!つーかノックくらいしろよ!」
「長官、お言葉ですが、いちおうノックはしましたし声もかけました」
「そ……そうか?」

きょとん。音にするならそういった、不思議そうな顔をして、拾った書類を端からまた落としていく。スパンダムは、苦々しく顔を歪めて、落とした書類を拾いに、机の陰にまた隠れてしまう。執務机の端からふわふわと薄紫色の髪の毛が揺れている。

「じゃあ、なんでそんなドアに近ェところにいるんだ。いつからいた?」机の下からくぐもった声が聞こえたとおもったら、書類の束を腕に抱えたスパンダムがむくりと起き上がる。まったく角が揃っていないし、遠目にみても折れたり曲がったり裏返ったりした様子の書類を、どさり、机の上にのせる。そのいきおいで、また、はらはらと数枚落ちていく。整理はもう諦めたようだ。はぁー……っと、面倒くさそうな溜息が聞こえてくる。………きっと、溜息をつきたいのは、あのごちゃごちゃになった書類を綺麗に整頓しなければならない人なんじゃないかなぁ。

「もっと近寄ればいいじゃねェか。なんでまた、そんな遠くにいるんだよ」と、不満げに唇を尖らせるスパンダム。立派な大人のくせして、憎らしいことに、そういう表情がよく似合う。……可愛い、なんて思ってしまったことを誤魔化したくて、つい憎まれ口をたたいてしまう。

「長官のドジに巻き込まれたくないので、なるべく、半径3メートル以内に近づかないようにしてます」
「ハァ?!なんで?!」
「そういう文句は、コーヒーを零さずに飲めるようになってから受付けます」
「なッ、そんな、いつもいつも零してねェよ!」

大袈裟な仕草で両腕をあげて顔をおおうスパンダムをみて、この人はこんなに感情をだだもれにさせていて疲れないのだろうかと首を少し傾げる。

「いえ、わりといつもです」
「容赦がない!」

なかば叫ぶようにしていうと、書類の上に、伏せてしまった。今度こそきっと、書類は皺くちゃだろう。足音をなるべくたてないように、ゆっくりと近付いてみる。伏せていると、背筋がのびていて、意外と肩幅がたくましいなんて、変なところにばかり目がいってしまい困る。

執務机の上に散らばる書類を、適当に押しやった空間にコーヒーカップをおく。とっくに冷めてしまっているから、仮にいまスパンダムが豪快にひっくり返したとしても人的被害は少ないだろう。……書類は全滅するかもしれないけれど。

「………長官。コーヒーです」

肩に手をおいて、そうっと知らせると、いきなり手首をつかまれる。黒の革手袋は、つるりとしているけれど、スパンダムの体温が移って生温い。つかまれた箇所が熱かった。おかしい。おかしい。わたしの心臓とか、あとスパンダムにみつめられて背筋が震えるくらい嬉しく思う気持ちとか、緊急事態だ。

のっそりと、スパンダムが顔をあげる。「なまえ、」顔をまだ腕にうずめたまま、のぞかせた瞳で、見上げるようにして名前を呼ばれてまた、どきりとする。心臓がとくとくと脈を速める。スパンダムにしては、珍しく真剣な目つきで、まっすぐにみつめられて、次の言葉を紡ごうと、微かに開いたままのスパンダムの唇に目が釘付けになってしまう。

「今日はまだ零してねェよ。つーかそんな毎日毎日、零すか」
「……そうなんですか?わたしが長官にコーヒーをお淹れすると、だいたい一杯目は零されていますが」

緊張にところどころ、つかえながら返すと、パッと手を離される。がばりと身体を起こして立ち上がったと思ったら、「…………それは、だなッ、なまえが持ってくるからだ!」

立ち上がったスパンダムと向き合う。こうして目の前にして見下ろされると、距離の近さにどうしていいのかわからなくなってしまう。香水だろうか、ふわりと良い匂いがする。足が震えそうだった。

「あー………、もう、動揺させんじゃねェよ。コーヒー零すだろ」

勢いを挫かれたのか、肩を落としたスパンダムは溜息をつくと、目の前にあってちょうどいい、とばかりに人のことを抱きしめる。薄い胸板と高い体温と良い匂いにつつまれる。脈の速い心臓の鼓動は、わたしのものなのか、スパンダムのものなのか、混乱しきった頭ではわからない。ぎゅうぎゅうと(力加減というものを知らないの?)抱きしめられながら、スパンダムの方がよっぽどわたしを動揺させていることに気づいていないのだろうかとくらくらと眩暈のする頭で考えた。


title by Rachel

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