クロコダイルが、にっこりと微笑んだ。それは穏やかな笑みで、いつもの皮肉気な表情からは想像もつかない顔で、ふいに、嫌な汗が背筋をつたった。クロコダイルの静かな怒りが冷気となって、背骨をすべりおちて、芯から身体を凍えさせる気すらした。
「………ごめん、なさい」
あやまる必要なんてない、とはわかっているのに、つい、謝罪の言葉を口にしてしまう。クロコダイルは、勘違いをしているだけなのに。わたしと、彼は、そんな仲ではない。ただ、偶然、帰りが一緒になって、それで……
でも、この嫉妬深い恋人に、そんな言い訳、きっと通じない。
「なぜ、謝る?」
クロコダイルが、わざとらしく、小首を傾げた。口調は愉しげですらある。実際、半分は楽しんでいるのだろう。この自信過剰な男が、わたしが、クロコダイルを差し置いて、浮気をしようと思ってるなんてこと、本気で信じているわけがないのだ。単純に、気に喰わないだけだろう。わたしにちらつく男の影が。
「謝る、ということは、何か後ろめたいことでも、あるってことか?」
クク、と低く笑う声。なのに、目はちっとも笑ってない。クロコダイルの、筋張った長い指がのびてきて、わたしの唇を押し潰すようになぞる。端から端までをたどっていたかと思うと、乱暴に咥内に侵入してきて、粘膜を擦った。ぞわぞわとした感覚が、身体を伝う。胸が、息が、苦しい。
「………頭の先からつま先まで、誰のものだか、教え込んでやらなきゃ、駄目か?」
疑問形で終えたくせに、断定的な口調だった言葉に、わたしは抗えずに、気づくと頷いていた。こくんと、肯定の意味で。
クロコダイルが笑った。今度は、先ほど浮かべた、嘘っぽい穏やかな笑みとは正反対の、我儘で独尊的で獰猛な笑みだった。クロコダイルらしい笑顔。
けれど、その瞳にわたしは捕えられて、そうして、心臓が締めつけられるほど痛くて、生暖かいなにかが体中を伝って、壊れそうになって、愛される予感に、全身が喜ぶのが、わかった。
title by るるる