intoxicated

その日も、煙るような細雨が窓越しの景色を薄白く染めていた。その霞んだ色は、もう、しばらくの間会っていない恋人をなまえに想起させた。薄く靄がかかったような白色は、まるで彼の銀色の髪のようだった。いつも、適当な長さで、大雑把に散髪されている髪に触れたことは、まだ、ベッドの中でしかない。スモーカーは、背が、高いから、触れる機会すらあまりなかった。髪を悪戯に指先で梳いていると、くすぐったげに顔を顰めて、それから、こちらを見たスモーカーの熱い眼差しを思いだす。そうして、頬に熱が集まるのがわかった。けれど、彼の姿を、温もりを、熱を恋しく感じては会えないという現状を思い知り、切ない溜息をつく。

仕方がないとは、わかっているのに。彼の仕事の都合上、こうして、離れ離れの期間が長くなるということは、きちんと頭では納得しているのに。

なまえはまた、溜息を零す。わかっていても、それでも、こうして煙るような雨がふる冷える夜は、彼の身体の温もりが、恋しくなる。素肌で抱かれていると、身体が発熱しているのではないかと思うほどだった。


雨が降る夜は、客足が減る。最後の客を笑顔で見送る。からん、と鈴が音をたてると、店内には静寂。あまりに静かで、孤独が重く身体に滲みこんで、胸を締めつける。

―――さびしい。それなのに、わたしは、さびしいとすら、素直にいえない。

手紙を、書けばいいとは思う。会いたいと素直に泣きつけなくても、彼を思って筆を滑らせる時間が、さびしさを幾ばくか癒してくれるだろう。けれど、スモーカーの負担になるかとおもうと、勇気がでなかった。仕事に矜持を持ったスモーカーの凛とした姿が好きだった。だからこそ、邪魔をしたくは、ない。


ーーーやっぱり、我慢するしかないんだろうなぁ。

そうして、結局、同じ結論にたどり着く。どうどうめぐりを繰り返す思考と同じように、最後の客が残したグラスをずっと洗い続けていることに、気づき、なまえはまた、溜息をついた。





煙るような雨は、彼の愛飲する葉巻の煙のようだった。だから、みていられなくて。顔をふせた瞬間、おおきな音をたてて扉があいた。からん、からんと、小さな鈴の音が余韻のように響く中、時が一瞬、止まったかとおもった。

「いらっしゃ………」
「…………なまえ」

スモーカーが、いた。ぽたり、ぽたりと、濡れた髪から雨の雫が垂れている。傘もささずに、ここまで来たのだろう。慌ただしげな荒い息づかいとともに、紫煙が、濃淡をかえて浮かびあがっては消える。

どうして、だとか、なんで、だとか、そんな疑問よりなにより、言葉にならないほどの驚きと、少し遅れて喜びとが全身をかけめぐる。悲しくもないのに、なまえの視界は涙で歪んだ。

いつの間にか、近づいていたスモーカーが、バーカウンター越しにたっていた。記憶の中とかわらない、けれど、少し疲れた顔をしているスモーカーが、熱い目をして、なまえをみつめている。葉巻を指ではさむと、カウンター越しに身をのりだし、腕をのばして、なまえを引き寄せる。久しぶりに、スモーカーのにおいを嗅いだ、となまえが思った瞬間、唇にふれた感触。

それは、雨に濡れていつもよりも冷たい唇だった。噛みつくような強さで、何度も繰り返されるうちに、皮膚は濡れたまま、熱だけ上昇していく。

キスの合間、なまえは微熱に蕩けるような気分で、そっとスモーカーをみると、視線があった。そのとき、スモーカーの姿が曖昧に煙って消えたかと思うと、次の瞬間、バーカウンターの中に、いた。驚いて言葉を失っているなまえを、スモーカーは、有無も言わさず抱きしめる。

「……バーカウンター越しじゃ、なまえを抱きしめることも、できねェだろ」

穏やかな呼吸でゆっくりと上下する胸板に顔をよせながら、雨にぬれた肌の冷たさを感じた。すぐに、彼の体温が暖めて、ぬるくしてしまうのだろうけど。

「会いたかった、なまえ。会いたかった……」

愛情表現が苦手な無骨な彼が、会いたかったとだけ切に繰り返す様に、息がつまった。この切情を、なんといえばいいのだろうか。胸が痛い。うまれた感情があまりに強くて、苦しいのか嬉しいのかすら、よく、わからない。かわりに、スモーカーの身体にまわした腕に、力をこめて、きつく抱きついた。


「……一緒に、住まねェか」と、スモーカがぽつりと零した呟きは、夢ではないだろうか。

「なまえと会えないことが、これほどまでに辛いとは、思わなかった。いつの間にか、気づかないうちに、おれの中で、なまえの居場所が大きくなっていく。辛ェんだ、会えねェと。夢にまで、みちまうほどに」

胸板越しに、低く掠れたスモーカーの声が響く。理由もわからないのに、鼻の奥がつんと熱くなる。頬がほてって熱い。耳の裏が熱い。全身、どこもかしこも、熱い。視界はすっかりにじんで、もう、スモーカーもみえなかった。涙で濡れた酷い顔をして、何度も頷いていた。

スモーカーが安堵したように、笑う声がした。それから、好きだ、との声。それは煙雨がすべての音を吸い込んで、静寂がつつみこむこの空間で、唯一絶対的な響きをもってなまえの鼓膜に届いた。

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