02

ながい船旅だった。故郷からもうどれだけ離れてしまったのだろうか。ずっと、うす暗い船室に閉じ込められ、お日さまもなかなか拝めない生活を送ってきた。

わたしは、これからまた売られるのだろう、奴隷として。故郷で人さらいに攫われてからずっと奴隷のようなものだった。奴隷の焼印をつけられないだけ、いくぶんかましというだけだ。誰も公にはいわないが、理不尽な契約に縛られ、架空の借金による強制労働を強いられるわたしを、奴隷といわずしてなんという。

ぼんやりと、暗くて湿気た船底の「染み」に視線をさまよわせていると、突然、扉が開いてサッと、光がひとすじ射し込んだ。思わず顔をあげるが、久方ぶりの光が、目に痛く刺さり、顔をおもいきり顰める。


「おい、おまえ、港についたぞ!さっさと降りろ!」

野卑な船員に半ば引きずられるようにして、船から降りると、出迎えたのは凶暴な熱気。頬に吹き付けるのは、熱され乾燥した風で、火傷をするかと思った。

長い間、薄暗がりで過ごしてきたものにとって、この熱く照り付ける太陽はもはや暴力に等しい。まぶしさに瞼がくっついて開かない。たまらず、よろけてしまった。すると、男は、それを見咎めてまた怒鳴る。

「来い!おまえはもう『売約済み』なんだ、買主とこれから落ち合うから、しゃんとしないか!」

追い立てられるように、ぼろきれのような薄いカーテンのついた荷馬車にのりこむ。あまりにも眩しい。熱い。もう陸の上なのに、まだ船の上にいるように、脳みそが揺らされているかんじがして、気持ち悪かった。

そうしていると、がたがたと不穏な音をたてて馬車が動き出す。

何も入っていない胃が、さらにきゅうと捻られる心地がして、もう限界だった。目をきつく瞑ってやり過ごしていると、乱雑に放り込まれた荷物に囲まれる中、耐えられずに、意識を失うように眠りに落ちた。


その後、どれくらい馬車に揺られたのかは、よくわからない。馬車だけでなく、船にも乗せられた。ここはどこだろう。そんなことを考えるが、だれも答えてくれるものはいなかった。尋ねられるものもいなかった。途中何度かオアシスに立ち寄っては、食事をとらされたが、ときおり不躾な視線を受けた。

ここらでは一風変わった見た目であるらしい。確かに、まわりの人と比べると、肌の色が少し違う気がしたし、鼻もぺちゃんとつぶれたように低かった。眉間も、彼らのようにたんと盛り上がってはいない。故郷から本当に遠く離れたところにきてしまったということだろう。やりきれない寂しさを感じたけれど、考えたところで救いはないので、心の痛みをただやり過ごした。


ふたたび、馬車が大袈裟な音をたてて停止したのは、それからまた数日してのこと。止まったということは、どこかに到着したということだろう。

心臓がうるさく脈動を始めた。また、ただの休憩だといいのだけれど、と願う。奴隷として、引き渡されるのは、嫌だ。

どこの誰に売られるのかもわからない。どんな扱いを受けるかもわからない。究極にいってしまえば、生きていられるのかすら、わからない。そこまで考えて、そもそも、どこに行こうと地獄には変わりないか、ということに気が付いた。自虐的に笑って、己を奮い立たせようとしても、恐ろしいものは恐ろしい。寒くもないのに、自然と身体が震えた。

願いは、残酷にも聞きとげられず。

「ついたぞ、降りろ」

とうとう、また売られるのか。観念したわたしは項垂れて、ゆっくりと馬車から降り、熱い大地に足をつけた。


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