神さまの言い分

朝。空にさえぎるものがない空島では、いつも、同じような時間に太陽が顔をだしては、明るい光で人を眠りから覚ます。そうしてみな、いつもと同じような時間に寝床をでて、仕度をして、あくびを噛み殺しながら、眠たい身体を引きずって仕事にとりかかるのだ。

朝は、ココ、神の社で最も忙しい時間帯。ぼんやりとしている時間はない。朝食の準備に、掃除、洗濯、些細な雑事にきりはなく、やることは山積みになって侍従たちを待ち受けている。

いつもと同じように、侍従のひとりである彼女は、大きく伸びをして身体をほぐしてから、持ち場についた。いつもと同じ、忙しい朝の雰囲気。けれど、ふいに調理場の空気がざわついて、それに気づいて手を止めた。

どうしたんだろう。そう思って、視線を彷徨わせると、人の視線は調理場の入口に集まっている。それにあわせて、視線を向けると彼女は、あっ、と周りと同じように、ちいさく息を呑んだ。

神エネルが、いらしている―――どういうことだろう?どうしたのだろう?こんなこと、いままでなかった。

その思いは、みな同じようで、静寂が伝染するように、入口のあたりから音が消えていく。誰もが動きをとめ、息をひそめ、動向を伺っている。あまりに静かなものだから、ふつうの会話の音量でもよく響く。

「―――それは、なまえの朝餉だな?」
「そうです、が……」

なまえ――と、聞き慣れない名前がでたことで、なんとなく察しがついた。それは、神が突然つれて帰られた女性の名前ではなかったか?でも、いったいなぜ、神がこんな時間に、こんな場所に?

「なら、わたしが運ぼう」
「………神!い、いえいえ、そんな……!わたくしどもでやりますので、そんな、畏れ多いこと」

「構わない。しつこいぞ。なぜかわからんが、なまえはわたしをみつけると、逃げだすのだ。捕まえることも、後ろから気づかれぬように近づくことも容易いが、あまり怯えさせたくもない」

ぽかんとした顔をした侍従を前に、不可解そうに眉を顰めながらいうエネルには相変わらず、人の視線が集まっている。忙しい朝の時間だというのに、調理場は凍りついたように固まっている。それに気づいているのか、いないのか、エネルは腕を組みかえて、億劫そうに、準備がされた朝食を指さす。

「だから、面倒だが、いちいち用事をつくっていくことにした。流石に、飯を前になまえも逃げだすことはあるまい」

軽い溜息をともにはきだされた言葉に、一同、頭の上に疑問符を浮かべる。いったい、神となまえの関係は、どういう関係なんだろう?神から逃げだすなんて、まともなスカイピアの住人なら、ふつう、しない。なのに神は気にしていない様子。さらに、手ずから朝食を運ぶとまでいいだしている。

「昼と、夜もそのようにするつもりだ。勝手に運ぶなよ」

詳しい事情はわからないけれど、何か大変なことが起こっていることだけは、誰もが理解していた。はい…、と小さく答えた人々は、それでも、不安げに視線を交わした。どうなることだろうという、不安な空気が、さわやかな朝の時間に過ったが、結局みな、それぞれ、ぽつりぽつりと本来の仕事に取りかかり、そうして、誰もなまえのことを口にしないまま、忙しない朝の時間が過ぎていくこととなった。

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