透明を表す透明でない色たち

白い雲が、波打ち際に打ち寄せる。水面をわたってふく風はおだやかに髪をゆらして、頬をくすぐる。髪を耳にかけて、遠くに視線をやると、どこまでも雲が続いていて、太陽を反射して白く輝いている。

―――これが、海だなんて。ひたすら、信じられない思いで立ち尽くす。

潮のにおいに、風の湿気は、確かに、記憶の中の海と同じもの。けれど、網膜に映る景色だけが、違う。白い雲の海に、雲ひとつない青空。まるで、世界が二色に分かれてしまったよう。

息を深く、肺の奥までしみわたらせるように吸い込んだ。深呼吸を繰り返す。それでも、気持ちは落ち着かない。潮騒の音が響く。それが、身体を揺り動かすように、躍らせる。

「ねぇ、エネル……さん?」
「さんはいらない。呼び捨てでいいと何度もいっているだろう」

後ろをふりあおぐと、そこには不機嫌そうなエネルの顔。ふいに、両腕が腰にまわされて、ひきよせられる。背中が、かたい胸板に受けとめられて、少しだけ息がつまった。エネルが、腰をかがめて、肩に顔をよせる。俯いているからよく表情はうかがえないけれど、きっと、憮然とした表情のままだろう。そうおもって、苦笑を浮かべる。

「これは、海……なんだよね?」
「あァ」

「じゃあ、端っこには何があるの?」
「何もない。ただ、海が終わるだけだ」

どういうことだろう、と首をかしげる。言葉はつうじているはずなのに、何もつうじていない。さらに、エネルは言葉少なで、そっけない。もしかしたら、さんづけで呼んでしまったことで拗ねているのかもしれない。昔は、子どものようでいて大人びていると思ったけれど、いまは、大人のようで案外、子どもっぽいと思った。

「それなら、この海の下には何があるの?また、海底に別の世界があるとか?」
「いや……空に落ちることになるだけだ」

少し考える間をおいて、また素っ気なくいわれた言葉に眉を顰める。空に……落ちる?

「白海には海底がない。青海のように、地盤というものがないのだ。だから、沈んで、沈んで、そうして白海の際までたどりついたら、空に落ちる。―――正確には、空から落ちる、というべきか?」

自分でいっておきながら、ひとり首をかしげるエネルはほうっておいて、視線を再び海にもどす。

空に落ちる。いったいどういうことなんだろう。気になる。雲が水に融けたようなこの海に底がないとするならば、覗きこんだとき、どんな景色が見えるのだろう。

「ねぇ、エネル。ちょっと、はなしてくれないかな?もうちょっと近づいて、みてみたい」
「だめだ」
「………なんで?」

あまりにつれなく拒否されて、しょげながら、それでも納得がいかず理由を尋ねてみる。

「万が一、足でも滑らせて落ちたりでもしたら―――おれは、助けられない」

予想外の回答に目を瞬かせる。それから、少しばかり笑って、ちょっと過保護なんじゃない?と返すと、無表情のエネルが横目で視線をよこしてきた。

「過保護になるのは、なまえに関することだけだ」
「自覚、あったんだ」
「これでないほうがよほど、おかしいだろう」

そういうエネルは、相変わらず拗ねた顔をしていたけれど、抱きしめる腕の力を弱める気配はなかった。解放してくれる気はなさそうだ。雲海をのぞきこむのは、―――あわよくば、足をひたらせてみたかった―――は、諦めるしかないのだろう。

溜息に似た吐息をこぼしてから、また、海をながめる。遠方は、空の色を反射して薄く青に染まっていた。ふと、どこかでみた色だと思った。綺麗な青灰色。薄青とも灰白とも区別がつかない色。

そうして、気がつく。これは、エネルの目の色に似ている。光の加減次第で、色味を変える薄い色は、そう考えてみると、空のようだった。

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