みつかる

ふかふかの、わたのような地面にふたり、対面して座る。ふかふかな地面とは対象に、男の視線が鋭く刺さるようだった。こうもみつめられると、居心地が悪い。顔はふせたままなのに、こちらをみているのがわかるくらいだ。

痛む頭に手をあてながら、必死に記憶をたどる。いったい何がどうして、わたしはこんなところにいるんだろうか。今日は、何日だったっけ?不思議と、前後の記憶が曖昧で、よくおもいだせなかった。夢かもしれないとおもって、こっそりと手のひらをつねってみたけれど、痛い。いまどきの夢は、痛みがあるんだろうか。手を額にあてて、首をふる。ふったところで、頭痛はどこかにいってくれそうにはなかった。

「どうした、なまえ?」と問う男の声は優しい。突然の抱擁から解放してはくれたものの、なのることも、しゃべることもなく、ただひたすらわたしをみているだけだった男はわたしを知っているようだった。

いったいこの人は誰なんだろう、と不思議に思う。白い頭巾の下からのぞくのは、透明に近い金髪。それと同じ色をした睫毛に飾られた瞳は薄青色。長い耳朶にはおおぶりのピアスがついている。それから、長身を覆うのは、鮮やかな色をした腰布にパンタロンだけで、逞しい上半身は日に晒されている。現代日本ではおよそ見慣れない風貌だった。いったい、ここはどこで、この人は誰なんだろう。

それに―――この人は、なぜ、わたしの名前を知っているのか。どうして、そんな親愛の情を込めた瞳でわたしをみるのか。さっぱりわからなかった。そのことに申し訳なさを感じるほど、彼の表情は嬉しそうだった。

「………ずっと、会いたかった」
「あの、すみませんが、ここはどこでしょうか……?」

どちらさまでしょうか、という質問はぐっと飲み込んだ。そのかわりに、場所を尋ねた。「あなた、だれ?」と開口一番にいった瞬間の、男の傷ついたような表情がまだ忘れられなかった。

「あぁ、そうだったな。此処は、名もなき小さな空島だ。わたし以外、誰も知らない。なまえを呼び寄せるのに、静かな場所が欲しかった」

思わず、首を傾げる。言葉はわかるのに、まるで意味がわからなかった。困惑したまま、眉をしかめて頭を抱えてしまったわたしの頭を、そっと男が腕をのばして撫でる。

「攫いにいくと、いったろう。心して待て、とも。―――ようやく実現できた。長い時間がかかってしまったが」
「ごめんなさい、あの、あなたは、だれ……?」

たえきれず、一度は自制した疑問を口にした。その瞬間、男は顔を歪めて、辛そうな顔をしたけれど、すぐに平静な顔に戻って尋ねる。平坦な声色は、失望を色濃く映していて、何故か胸が締めつけられる。

「………忘れてしまったのか?」
「ごめんなさい、どうしても、思いだせなくて……ここがどこだかもよくわからないの」

男は俯いてちいさく息を吐いた。それから、視線がこちらに向く。冷たい瞳の色は、不思議とわたしを懐かしい気持ちにさせる。

「わたしは、エネルだ。昔、世話になっただろう?」
「エネル……って、あの、エネルくん?」
「どのエネルの話をしているのかは知らないが、エネルはわたしだ」

だって、あなたが消えたときはまだ少年だったと、殆ど叫ぶようにいうと、男は興味深そうに片眉をあげた。あれからまだ、数か月しか経っていない。どうしても、記憶の中の少年と目の前の男性が結びつかない。

「もう、どれだけ時が過ぎたのだろうな。………こちらでは、10年はゆうに超えた。それからは、虚しくなって数えるのをやめた。だが、とうとう、こうしてなまえに、会えた。諦められなかった。諦めなくて、よかった。これが、どれほどの喜びか、なまえには、わかるまい」

会いたかった。ずっと、会いたかったんだ。男は小さく低く呟くと、俯く。伏せた瞳を飾る、色素の薄い睫毛が日光を反射してキラキラと光っていて、それに奇妙な既視感を覚えた。

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