唇なら愛情

あーん、と大きく口をひらいて、ぱくりとソフトクリームをほおばった。白くてやわらかなクリームは唇から逃げるように、崩れていく。冷たい甘さが舌の上でするんと融けて、ほんのりとヴァニラのかおりが口内に広がった。

おいしい。自然と頬がゆるんでしまう。素朴でしあわせな味がする。帰りのコンビニで、なんとなく目について、買ってしまったソフトクリームは、家につくころにはすでにとけはじめていて、ふんわり雲のようにやわらかい。こどものときに何度も味わった懐かしい感触だった。溶けたクリームをごくんと飲下してから、おしむように唇にのこった甘みを舐めとる。うっとりとしていたわたしに、ふいに声がかかった。

「………なまえ、遅かったな」
「あ、うん、ただいま。スモーカーは、早かったんだね」

帰宅してすぐ、適当に鞄をほうりなげ、ソファに腰を沈めてソフトクリームをほおばっていたわたしに声をかけたのは、風呂上がりのスモーカーだった。下にスウェットをひっかけただけのラフな格好で、いつも、風邪をひかないのか心配になる。髪だって丁寧にふかないから、いつもぽたぽたと雫が滴りおちている。夏はいいけど、冬もずっとこうだから、困りものだ、なんて思っていたら小さいタオルを頭に被ったまま、その下からちらりとスモーカーが視線をよこした。

「何、餓鬼くせェもん食ってんだ」

ふふっ、とわたしは笑ってスモーカーを見上げると、呆れたような、でもどこか楽しそうな顔。

「どう、スモーカーも食べる?ひと口ならあげるよ?」
「いらねェ」

ガシガシと、髪をタオルで拭いながら、スモーカーが歩み寄る。ジィと見下ろされると、何故か落ち着かなくなる。露出が高いせいかもしれない。ソファに座ったままだと、ちょうど、前にたつスモーカーの素肌の腹筋が視界にはいってしまい、目のやり場に困った。仕方なく、スモーカーを見上げる。

「……何?」
「口の端に、クリームがついてる」
「あれ、ほんと?」

ひとりだったから、こどもみたいに大口をあけて齧り付いたせいだろうか。確かに唇の端に舌をのばすと、甘い味がした。

「とれた?」
「いや………口のまわりにべっとりついてる。どんな食い方したんだ、なまえ」

くく、と苦笑するスモーカー。笑うと目が細まって、キツイ印象が少しだけやわらかくなる。その瞬間がたまらなく好きだった。けど、つい、それに見惚れていたら、腰をかがめたスモーカーが手をのばして、ぐいと後頭部をつかんだ。急な仕草に反応が遅れる。わたしは、されるがまま。髪を後ろにひっぱるようにして、顔をひきあげられた。

息を呑んだ瞬間、ざらついた触感の生暖かいものが唇をなでていく。おおきく目を見開いた視界には、目を伏せたスモーカーの顔。舐められた、と気づいたのは、スモーカーが身体を離したあとのことだった。意地の悪い笑みを浮かべるスモーカーは、背筋をのばすと片手でずれたタオルをなおす。

「久しぶりだと、意外に、うまいもんだな」

そのまま、自分の唇をなぞるスモーカーをみて、言葉にできない熱が身体の奥底からあがってきて、わたしの頬をあつく火照らせる。お風呂上がりのスモーカーよりも上気した顔をしながら、「……でしょ?」と、返したわたしの指には、ぼうっとしたら融けた、冷たいソフトクリームが垂れていた。

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