手首なら欲望

「冗談、でしょう?」という語尾は弱弱しく震えた。俯いたまま、浅い呼吸を繰り返す。ドレークが苦笑を含んだ溜息を零した。

じり、と一歩距離が縮まった。俯いて、地面だけをうつしていた視界の端に、ドレークのブーツの両爪先がはいる。綺麗に磨かれたそれは、高潔で紳士的にみえ、「海賊」なんて野蛮なことをする男には不釣合いに思える。

また、半歩、近寄る。ドレークの手がのびてきて、わたしの手をとる。まるで、無理に握手でもするかのように、でも握手よりもしっかりと力が込められている。グローブ越しの体温でも、彼の手のひらの熱さが思い起こされた。あの手が身体を這うときに、いかに熱くなるか、知っている。そうおもうと、背中に汗がにじんだ。

「冗談で、こんなことをいう程、酔狂でも浅薄でもない。考えた上でのことだ、なまえ」

真剣な声色にどきりとして、唾をのみこんだ、つもりだった。喉がからからに乾いている。掴まれている手が震えそうだ。どうすればいいのか、わからない。

ようやく、ログを溜めた彼がこの島を離れるのは、明朝―――それは身を切る程辛いというのに、ついていくと即答できる勇気がない。戸惑っている。慣れ親しんだ世界と、ドレークの生きる海の上の世界の狭間で、迷っている。

「どうか、一緒に来て欲しい。なまえを、此処においていけない。いや、おいていきたくない。だが、おれは先に進まなくてはいけない………」

そういうと、するりとドレークの指が指の間に滑りこんで、つながる手が深く絡められる。大きな彼の手につかまれたわたしの手は、細く頼りなくみえた。指に力が入らない。引き抜くことも、握り返すこともできなかった。

静かな沈黙が流れていた。ドレークは、まるで、わたしの答えを待っているようだった。辛抱強く、じっと。ドレークの視線を確かに感じるのに、わたしは顔をあげることすらできない。

ふいに、繋がったままの手で力強く引き寄せられた。バランスを崩したわたしの身体は、逞しい胸板に受けとめられる。筋肉におおわれた身体にふれて、頭が真っ白になる。ドレークの空いた片手が背中にまわされる。

「どうしてか、なまえから離れられる気がしないおれの我儘とは、承知している」

ふたりの手は、絡みあったまま。それを、ドレークは恭しく、口元まで持ち上げた。そうして手首の裏のやわくうすい皮膚の部分にキスをした。その仕草は酷く優雅であったけれど、獰猛さがあった。繊細な肌の下には、熱い血潮が流れている。それを食い破られるのではないか、なんて。

「それでも、なまえの意志は尊重するつもりだ」

どうか、一緒に来て欲しい―――繰り返されたその質問に対して、わたしに拒否権はあったのだろうか。手首に唇をよせたまま、呟く彼の言葉は丁寧で、態度は真摯なものだけれど、美しい鮮青色をした目だけは危うい欲を湛えていた。

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