キャベンディッシュの綺麗な爪が、カクテルグラスの細い淵をなぞる。きちんと整えられたそれは、桜貝みたいにつやつやとしていた。それをみながら、綺麗な人は指先まで綺麗なのか、なんて考えていた。だからつい、意識が漫ろになって。けれど、まさかそれを見惚れていた本人に指摘されるとは思ってもいなかった。
「ねぇ、なまえ。ぼくの話、聞いてる?」と、こちらを覗きこむのはキラキラと透きとおるキャベンディッシュの水色の瞳。不満げに尖らせた、形のよい唇は珊瑚色。きっと、神様がキャベンディッシュをつくるとき、物凄く手間暇かけて丹精込めたんだろうなあ。どこを切り取っても、どんな表情でも、絵になる。そんなふうに感慨深くおもうなまえにはお構いなしに、ふぅと溜息をつくキャベンディッシュ。
「ぼくをほうって空想に耽るなんて、ほんと、いい度胸してるよね」
「ごめん、そんなつもりはなかったんだけど」
こうしてふたりきりという状況が、まず理解不能だというのに。平然と振る舞うなんてできるわけない。まだ夢をみてるんじゃないかとなまえは思っている。というか、そうでも思っていないと神経がもたない。そうして、ただでさえぼうっとしているといわれるのに、いつも以上に意識が浮遊してしまう。
いけない、いけないと、言い聞かせて、視線を落とす。ふと、顔の傍に気配を感じた。ん?と顔をあげると、耳元でちゅっと可愛らしい音。何がおこったのか、となまえの頭が一瞬真っ白になる。
耳にキスされた。そのことに気づいた瞬間、なまえの顔は沸騰したように熱くなり、心臓が壊れそうなくらい脈打ちはじめた。顔をあげると、くつくつと楽しそうに笑うキャベンディッシュ。
「仕方ないなぁ。ぼくのことしか考えられないようにしてあげよう」
にっこりと邪気なく笑うその表情すら綺麗で、とっくに手遅れなのに、この人は何をいっているんだろう、となまえは惚けた頭でおもった。