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控えめなノックとともに、女性が入室してきた。もう見知った、世話係の人だ。

「おはようございます、なまえさん。御加減いかがですか?」

心配をかけてはいけないと、がんばって笑顔をつくろうとするものの、ひきつってうまくいかなかった。唇がきれていて、皮膚が突っ張る痛みに顔をしかめてしまった。酷い顔をしていたのに違いない。瞼は腫れているし、昨日あれだけひっぱたかれたのだ、おそらく痣だってできているだろう。

「無理をなさらないで」と、そういうと、そっと肩を抱いてくれた。彼女の腕は柔らかく、それに抱かれている間は、昨日の惨事からようやく逃れられたのだということを実感できた。

「暖かい牛乳と、簡単な食事を持ってきましたから、何かいれられるようでしたら、どうぞ」

優しい言葉に、どうしようもなく涙がこぼれてくる。わたしは、必死に声を殺そうとしながら、年甲斐もなく子供のように大泣きしてしまった。彼女は、文句もいわずに静かに、ずっとそばで抱きしめていてくれた。


その日は、暖かい牛乳を頂いた。食事は、口の中がきれているのもあり、どうしても喉を通らなかった。

その夜も、次の日も、さらにその次の日も、クロコダイルは姿を現さなかった。まだ、顔を合わせる心の準備ができていなかったので、そのことに胸をなでおろしたけれど、同時に広いベッドでひとり眠る一抹の寂しさを感じた。人がいないことで寂しさを覚えるなんて、変な感じがした。人の存在は、ずっと怖いものだったから。いつもひとりだった。記憶の中の、故郷、両親や友人の姿はおぼろげで、もう思い出せない。誰かの腕の中で眠るなんて、両親のもとから攫われて、無理やり働かせられはじめてからなかったことだった。誰かに優しく抱きしめることも、もうずっとなかった。人として扱われることも、なかった。

人のぬくもりが恋しいなんて、しかも、あんなに恐ろしい人なのに。クロコダイルは、酷く残虐にもなれる。けれど、記憶の中の彼はわたしはときおりいじわるだけれども、言葉のわりに扱い方は優しく、気まぐれに可愛がってくれる飼主だった。

会いたい。会いたくない。相反するふたつの感情がせめぎ合っていた。ーーいつ帰ってらっしゃるのだろう。よくわからない溜め息がもれた。

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