Happy Valentine

「チョコレート、ですか」
「あぁ、ちょこれいと」

ミホークはこくりと頷くと、慣れない言葉を舌の上で転がすように繰り返した。2月14日。いわゆる、バレンタインといわれる日に、わたしは凛として目の前に立つ恋人からチョコレートの催促を受けていた。帰ってすぐ、家にいたミホークが玄関まで迎えにきてくれたと思ったら、開口一番「ちょこれいとは?」だとは思ってもなかったけど。

そもそもハロウィンは華麗にスルーしていたくせに、バレンタインには気づいていたらしい。この人の感覚は、本当に読めない。どれだけ一緒に居ても、一向に理解できそうになかった。浮ついたイベントが、好きなのか嫌いなのか、それすらもわからない。

たじろぎながら、しどろもどろに答える。スルーするものだと思っていたから、チョコはない、なんて恋人としては残念すぎる返事を。

「すいません、実は、準備してないんです。ミホークさん、興味ないと思って……」

「知人に『好きな人にチョコをあげる日』だといわれたのだが……なんだ、なまえはちょこれいとを用意していないのか」

ミホークが、幾分か残念そうな調子でいうのをみて心が痛んだ。申し訳なくて、「本当にごめんなさい」と謝罪の言葉を繰り返す。すると、「まぁいい」といいながらミホークが頭を撫でてくれた。その優しさに、益々すまない気持ちになる。

ふと、頭から手が離れたとおもったら、ミホークはポケットから何かとりだした。どうしたんだろうと見つめる。

手の上には、可愛らしい包装のされた小箱。

「これを、なまえに、」

ミホークがもう一方の手で箱をあけると色とりどりの可愛らしいチョコがよっつ。

「好きな人にちょこれいとをあげる日だと聞いたからな、急遽用意した。それにしても、女子ばかりで混みあっていて異様な光景だったぞ」

やれやれと、肩をすくめながらいうミホークは、どうやら「女子が男子に」送るという部分を聞きのがしていたようで、バレンタインの催事場に女子ばかりが並んでいる様子をしきりに不思議がっていた。そこまでいっておきながら気がつかないミホークはやはり、どこかずれている気がする。

「……ありがとうございます、」

でも、受け取ろうと手を伸ばしたら、ミホークはひょいと小箱をとりあげてしまう。

「だが、なまえがちょこれいとを用意していないと聞いて、ふつうにやるわけにはいかなくなってしまった」

残念そうな台詞のわりに、表情は楽しげだった。今のミホークは、まるで、ちょうど悪戯を思いついた少年のような瞳をしている。心音がはやまる。ミホークは、チョコをひと粒つまみとると、箱をしまってしまった。突然の行動に、ただただ、ポカンと彼をみつめていた。

「見ろ、なまえ。ここに、ちょこれいとがひとつある。ひとつしかないちょこれいとを、ふたりで分けるにはどうしたらいいと思う?」

いいながら、ミホークの手ぶらになった片手が腰にまわされる。するりと、さり気なく手が腰を撫で、ぞくりとした。

「半分こにする……?」
「……そう。よくできました」

にっこりと薄笑いを浮かべるミホークを前に、あっけにとられていると、ミホークはチョコを口に放り込んでしまった。それから、あ、と思う暇もなく口付けられる。

あ、と思う暇はなくても、驚きに、あ、の口になっていた口に、熱い舌が入り込んでくる。舌先に押しだされていたのは、チョコレートの欠片。

甘いチョコレートが口いっぱいに広がる。体温に融かされ、ねっとりとしたそれが、舌に絡まり蕩けていく。段々と深くなる口づけを交わしながら、零れ落ちないように必死に溶ける液体を嚥下した。決して激しくはないのに、技巧的なキスが、身体を芯から熱くさせていく。背筋を痺れが抜けていき、腰椎に溜まって疼かせた。湿った甘い吐息が、息継ぎの間に漏れる。

もう口内から、チョコはとっくに融けてなくなっているのに、お互いを貪るようなキスは続いた。驚きに固まっていた両腕は、いつしかミホークの広い背中へとまわされ、もっと、もっとと、ねだるように力を込めてしまう。背中をすべらせると、指先にミホークのしなやかな筋肉を感じる。服越しなのに、その熱を感じて手先に火がともるような心地がした。
わたしを抱きしめるミホークの腕は、明確な意図をもって背筋を撫で、そのたびにピリリと電気が走るような甘い痺れを感じる。

ちゅ、と軽い音をたてて、ミホークの唇が離れた。と、思ったら、「チョコまみれだな」と苦笑したミホークが舌先で唇を舐めた。そのまま、耳元まで移動すると、ミホークは低めた声で囁く。

「バレンタイン、ということで、」

唇が、やわらかく耳殻を食んだ。その刺激に、思わず瞳を閉じてしまう。耳にばかり意識がいく、そんなときにミホークが、狙いすましたように続けた。

「なまえが好きだ。昔も、今も、そして、これからも、変わらず」

そうして、身体を離して笑みを浮かべたミホークを前に、「わたしも好きです」くらいいえばいいものを、結局、何もいえずにただ顔を赤くして瞬きを繰り返していた。

back


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -