DUE

「Amore, amore, che schiavitù l'amore!」
「愛しき君よ、愛よ!僕は君の奴隷だ!」


キュッとノズルをひねる高い音が響いたあと、シャワーの水音が止まり静寂が訪れた。クロコダイルは、濡れて額にかかる髪を鬱陶しげにかきあげる。そのまま何度か髪を後ろに撫でつける。垂れ落ちた雫が瞼にかかり、眉を顰めた。

シャワールームをでてドアに掛かっている白いタオルで乱雑に水滴を拭っていると、鏡に映った己の姿が視界を掠めた。ふと、思うところがあり、いったん手をとめて鏡に向き合う。改めてみると、そこに映るのは不機嫌そうに皺が刻まれた眉間、三白眼気味の鋭い瞳、顔を横断する古傷、軽薄そうな唇。近寄りがたい――自他ともに認める事実だった。外見も、雰囲気も、態度も、親しみやすいさの欠片もない。自嘲してしまう程に。

クロコダイルは、今日の出来事を反芻する。なまえの顔が思考にちらつき、いまだに意識を捉えていた。

「また、いらしてくださいね」

彼女の最後のことばは、おそらく社交辞令に過ぎないだろう。日本人が好きな本音と建て前という奴に違いない。そこに特別な意味などないのだ。本気にする方が阿呆らしいと理性は告げている。だが、感情は納得してくれそうになかった。珍しいこともあるものだと、妙に冷静になって考える。割り切ること、論理的であること、合理的であることは自分が得意とするところではなかったか?

「Amore, amore, che schiavitù l'amore……」

なんとなくだが、これが人が言う「恋心」というものなのかもしれないとも思った。Amore, amore, che schiavitù l'amore―――愛しき君よ、愛よ!僕は君の奴隷だ!なんて、昔みた安っぽい恋愛ドラマの台詞が浮かぶくらい、熱にやられちまっている。感情が意志の手を離れ浮遊しはじめている。

確かめなければならない。一時の感情の揺らぎであるのか、それとも別の何かであるのか。これ以上、彼女が思考を侵食する前に見極めなければならない。クロコダイルは、鏡を前に洗面台に手をついたまま、おおきくゆっくりと溜息をついた。俯いた瞬間に、ぽたりと雫が垂れた髪から零れ落ちた。

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