今日は休みの5日目

ひんやりとした空気が降りてきたのを頬に感じ目をあけると、もう薄明りがさす頃合いだった。指先で静かに目元を擦って、ゆっくりと瞼をひらく。白い陽光が部屋を照らしている。いつもと同じ。朝だった。

横に目線を落とすと、クロコダイルがいた。瞼を閉じて休んでいて、その目元には髪がかかっている。その様子にどきりとした。いつも、クロコダイルはリビングのソファに座って夜を明かすのに、今日は隣にいる。うれしいような、こそばゆいような、不思議な気持ちなのに、自然と口角があがってしまう。締まりのない表情を隠したくて、頬に両手をやると、わたしが起きたことに気が付いたのか、クロコダイルがゆるゆると瞼をあけた。

「おはよう、なまえ」

囁くように甘い声が耳元に響く。ゆっくりと片腕をついで身体を起こし、こちらを覗きこむクロコダイルの表情はやわらかい。

「―――どうしたい?まだ寝たいか?それとも、朝食の準備をしてやろうか?」

漂う甘い雰囲気に慣れないせいで、こんな些細な質問なのに答えられず、頬を赤くして黙り込んでしまった。そんなわたしを待つように黙って髪を梳いているクロコダイルの視線は、いつになく優しくて、もっと浸っていたくなってしまう。もう頭は醒めてきていて、起きなきゃとは思うのに、「朝食」と答えたらクロコダイルがベッドからでていってしまうのが惜しい。

「もうちょっと、寝たい」

甘えるように、胸元に頭を擦りつけると、仕方ないといったようにクロコダイルが笑いを零すのが聞こえた。そのまま、抱きかかえられ、クロコダイルのにおいに包まれながら、わたしは幸せな眠りに落ちていった。





次に目が覚めたのは、もう日があがりきった頃だった。ようやく重たい瞼をあげたわたしに、「随分よく寝たな」と、からかうように、口端を片方だけあげていうクロコダイル。それをみて、頬が熱くなった。そうして、額に、鼻の頭に、瞼の上に、キスを落としていく。このまま時間が止まってしまえばいいのに――そう思わずにはいられないほど、甘くやわらかい時間が流れていた。

ベッドに寝転んだまま、そっと指をのばしてクロコダイルの頬にふれると、クロコダイルは、その感触を愉しむように目を閉じた。短くはない睫毛が目の際に綺麗に並んで、光を湛えてきらめいている。指先には、やわらかい皮膚の感触。人と変わらない体温。唇だって、やわらかい。昨晩たっぷり味わった。でも、やはり目を惹くのは、その顔に走る傷だった。横一直線の痛々しい傷。指先が触れると、それは硬くなっていて、ひっかかりを感じた。

「――気になるか?」

目を閉じたまま、クロコダイルが静かに問うた。それに、躊躇いながらも肯定の返事を返す。

「うん……、だって、ヒューマノイドに傷があるのなんて、みたことなかったから、」

「それは、おれが、旧型だからだ」

緩慢にクロコダイルの瞼が開いてゆき、綺麗な薄黄色の瞳があらわになる。それに射抜かれて、胸が跳ねた。感情を示さない静かな声だった。

「この傷を直すより、おれを廃棄処分する方が、安く上がるんだと」

皮肉な笑みを口元に浮かべるクロコダイル。その綺麗な長い指が、つぅと傷を撫でるのをみた。伏し目がちな瞳からは感情が窺えないけれど、そこに浮かぶ想いをみるのは躊躇われた。

「廃棄。人は、簡単にいってくれるよな。それが、どんなことかも知らないで。―――なまえ、おれは……」

クロコダイルの唇が震え、そして、引き結ばれ、その先は、ことばにはならずに消えた。それから、いいかけた言葉のことなんて忘れたように、「昼食を準備してこよう」と、するりとベッドを抜けだしてしまった。

わたしは、ベッドからいなくなった温もりに、胸がざわつく何かを感じていた。あと、2日。そうしたら、クロコダイルがいなくなってしまうことが妙に意識されて、わたしは何もいえなかった。

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