何か目覚めた4日目

ここ最近は、嬉しい出来事が続いてた。例えば、昨日は、また、クロコダイルが会社まで迎えに来てくれた。帰り道、たわいのない話をしながら、一緒に食材を買いにいって、わたしが夕飯を振る舞う。たいしたものはできないのだけれど、料理している最中、クロコダイルはずっと興味深そうに眺めていて、ときおり料理に関する質問をしてきた。

穏やかな時間だった。つい「こんな風にふたりで料理するなんて、恋人みたいですね」なんていってしまうくらい。いってから、その台詞のおかしさに気がついた。

なんて不思議な関係なんだろう。

こんなことをいわれて、どう思うんだろうか―――少しばかりの気まずさを感じたのだけれど、クロコダイルは真面目な調子で「おれは、そう思ってくれて構わない」なんていうから、心臓がうるさいくらい高鳴った。

夜は、ふたりで一緒に食事をした。誰かと会話をしながらだと、いつもの料理も、こんなにおいしくなるということに気がついて、ひそかに感動した。

クロコダイルが「明日はおれが用意しておこう」というから、「期待してますよ」と返しておいた。だから、今夜の夕飯は楽しみだった。ようやくトーストを焦がさなくなったクロコダイルの料理への期待半分と、わたしのために何かしてくれようとする気遣いが嬉しいのが半分。

今日の朝も、額へのキスでお見送り。クロコダイルは、薄い縦ストライプのシャツに、白のコーデュロイパンツという、やたら爽やかな格好だった。それでも、何を着ても似合うスタイルの良さに、目を惹く艶やかな黒髪が映えて、どこか色気がある風采になるから、不思議だった。


それに、なにより、明日はようやくおやすみだ。一日中寝てやる。惰眠を貪ってやる、そう決めてた。

なのに、そんな心躍るときにこそ、嫌な事態はやってくる。足元がふわふわと浮ついているからこそ、地面に叩きつけられたときは、落差のせいで痛みがいっそう身に染みる。





誕生日以来の、最低最悪な日だった。一日中怒鳴られ続けて、ふらふらと家にたどり着いたのは、時計の針が頂点をさそうかというところ。

「随分遅かったな、なまえ。おかえり」

玄関口で、クロコダイルが出迎えてくれた。その顔をみたら、ずっと張り詰めていた緊張の糸が勢いよく緩むのがわかって、気づくと、クロコダイルが「おかえり」と言い終わる前に、広い胸のなかに飛び込んでいた。ぎゅうと、大きな身体に両腕をまわして抱きつく。

クロコダイルは、少し驚いたように身体を揺らしたけれど、そのまま受け止めて、優しく抱きしめてくれた。何もいわずに、頭を撫でてくれる。暖かい体温が伝わる。作り物のはずのぬくもりに、どうしようもなく安心させられた。クロコダイルのいいにおいがする。

涙腺がじわりと緩み、目元が熱くなるのが自分でもわかった。涙を零したくなくて、必死に我慢するのに、泣き声がもれる。それに気が付いたクロコダイルが、動揺したように声をかけてくる。

「あぁ、泣くな。泣かないでくれ、なまえ。お前に泣かれると、おれは………、」

クロコダイルが、珍しく、狼狽えている。手の甲で涙をぐいと拭って、顔をあげた。無理にでも笑って、安心させてあげようと思ったのに、でも、クロコダイルの顔をみたら、その困ったように寄せられた眉をみたら、また涙が溢れだしてしまった。

クロコダイルが、人差し指で、優しく目元を撫でる。涙で熱くなった皮膚に、冷えた指先が心地いい。

「今日は、こんな遅くまで大変だったんだろう」

心配そうな眼差しで、優しいねぎらいの言葉をかけてくれる。

「なまえ、風呂も食事も用意してある。何がいい?好きなものを選べ――あぁ、なんなら、おれにするか?」

最後だけ、冗談のように軽い調子で、クロコダイルが続ける。慣れないくせして、わたしの涙をとめようと頑張っているのが伝わってきて、心がふんわりと暖かくなった。―――と、同時に、気づいてしまった。わたしは、この、外見は、甘くも優しくも柔らかくもない、ちっとも恋人用ヒューマノイドらしくないクロコダイルに恋をしていると。

「クロコダイルにする……」

勇気を振り絞っていったひと言に、クロコダイルの表情が、一瞬、凍りついたように固まった。予想外の返答だったんだろう。胸が騒いだ。静止したクロコダイルの瞳は、感情が抜け落ちてしまった透明なガラス玉のよう。

でも、それがじわりと溶けだした。最初は、信じられないといったように瞳が揺れ、ゆっくりとわたしの顔に焦点が定まり、それから嬉しそうに細められ、唇が美しい弧を描いた。一気に、クロコダイルの纏う雰囲気が変わった。

「御主人サマ、仰せのままに」

ぞくりとする程、低く艶やかな声。鼓膜を甘い響きが撫で、それだけで背筋に痺れが走る。出会ったときのように、獰猛な瞳がそこにあった。

――どうしよう、わたし、もう引き返せない。

クロコダイルの幾分性急な、荒々しい口づけを受けながら、そう思った。

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