そんな2日目の晩餐

夜、仕事おわりに連れてこられたのは、小洒落たレストランだった。扉をあけると、からんと鈴の音が鳴った。店内はやわらかく淡い照明が灯されており、落ち着きと親密さを演出している。

「――あぁ、御予約のクロコダイル様ですね。少々お待ちください、ただいま御案内いたします」

出迎えたのは、シャツにタイをしめたウェイターで、人好きする笑顔を浮かべると、小さくお辞儀をしてから一度さがった。わたしは、その言葉に、驚いてヒューマノイドを見上げた。

「クロコダイル?」
「おれの名前だ」

こちらを一瞥すると、口の端を少しだけあげて、人の悪い笑みを浮かべた。

「ヒトじゃないから、名前なんかないと思ったのか?」

正直なところ、名前のことをすっかり失念していた。決まりが悪く俯いてしまうと、大きな手のひらがおりてきて、ぐしゃりと髪を乱される。くく、と喉の奥を鳴らすような笑い声が聞こえた。

「んな顔するな。気にしちゃいねぇよ。ほら、いくぞ」

髪を掻き乱していた手に肩に移り、ぐいと、引き寄せられた。距離が近くなり驚く。顔をあげてクロコダイルの顔をみると、その視線の先には、ウェイターが迎えにきていた。肩を抱くヒューマノイドーーいや、クロコダイルの手のひらは暖かかった。




テーブルに運ばれてきた料理を前にして、器用にカトラリーを操って食事をとるクロコダイル。その仕草の優雅さには見惚れてしまう。でも、ひとつの違和感があった。

「………ご飯、食べるんですね」
「そりゃ、食うだろう」

さも、当然といった様子で、クロコダイルがそう返す。

「えっ、じゃあ、なんで朝は食べなかったんですか」
「それは―――」

言葉をつまらせるクロコダイルをじっとみつめ、次の言葉を待つ。

「うまく、いかなかったからだ」

そういわれて、焦げて苦かったトーストと芸術的に黄身が破壊されていた目玉焼きを思いだして、笑ってしまった。歯切れが悪そうに答えるクロコダイルは、こんなに強面なのにどこか可愛らしい。すると、唇をひきしめて眉間に皺をよせてこちらを睨んでくる。あまり笑ったら手厳しい文句が飛んできそうだとおもって、噛み殺そうとするもうまくいかず、結局「笑うんじゃねぇよ」と不機嫌にいわれてしまった。

「クロコダイルさんは、あんまりヒューマノイドっぽくないですよね」

ぽつりと、思っていたことが口をついてでた。クロコダイルは面白そうに片眉をあげる。

「『恋人』サービスのヒューマノイドには不釣合いだと、そういいたいのか?」

クロコダイルは、愉しげな笑いをもらした。慌てて否定しようとするけれど、わたしの唇に静かに人差し指でふれて、黙らせてしまう。その仕草に、どきりとする。

「いい、気にするな」

口の端をあげて、意地の悪そうな笑みを浮かべている。

「そもそも、そう思うお前は正しい。おれには、恋人用プログラムがはいっていない。元々、そういう型じゃないんだ。………お前、よくその場で返品しなかったな?」
「えっ」

悪戯っぽくそういわれると、驚いて声がでた。それに構う様子もなく、クロコダイルが続ける。

「悪ィが、インストールする気もない。気味が悪い。恋人用ヒューマノイドとして甘く優しく振る舞う自分なんて、反吐がでる―――と、こんな具合に、旧型ヒューマノイドは『我』が強くなる。市場から駆逐されていく所以さ」

肩をすくめて、なんでもないことのようにクロコダイルはいう。今いわれたことを理解しきれず、わたしはすっかりぽかんとしてしまっていた。

「だが、なまえ―――」

名前を呼ばれ、視線と意識をクロコダイルへ引き寄せられる。ただでさえ痺れるように低い声が、一段と深められる。身体の奥まで響くような甘い声で呼ばれて、胸が波打った。

「おれは、おれだ。そんなちんけなプログラムに頼る必要なんざない。―――そうだろう?」

いいながら、頬杖をついた顔を傾け、伏し目がちな視線をよこす。その表情のあまりの色っぽさに、脈拍が早くなる。みつめられるだけで、落ち着かない。心臓を鷲掴みにされてしまったようだ。

頬が熱い。たぶん、耳まで真っ赤になっているとおもう。身体が火照る。恥ずかしくて、まともに目をみていられなくなってしまい、俯きながら、なんとか答える。

「そ、そうですね」

クロコダイルが、至極面白そうに笑い声をあげた。



「――なまえは、所詮、電子回路の不具合だと、不良品だと、馬鹿にしたりはしないんだな」

ひと通り可笑しそうに笑った後、クロコダイルが独り言のように寂しげにつぶやいた。不思議な表情をしていた。嬉しそうでもあり、泣きそうでもある、表現しがたい顔だった。それが、何よりも印象的だった。

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