「買えない?買えないとはどういうことだ?こいつが買ったときいくらしたのかわかっているのか?! 」
薄暗い倉庫の中に、興奮した男の絶叫が響いた。
先ほどから、人買いという男と、買え、買えないの押し問答を繰り広げている。しかし、いくらたっても買えないと一点張りの、男のひょうひょうとした様子に、苛立ち、焦っている様子だった。
「そんなことを言われましても、旦那、買えないものは買えないのです。今日はそういうタイプは買うなと、お達しが来ているのです」
そうして、つけくわえるように言う。
「それに、随分高額で購入なさったようですが、もともとそんなに値が張るものではありませんよ。申し訳ありませんが、大方、女衒に騙されたのでしょう。あまり、こういったことには慣れていないようですし……」と、意味ありげに、元商人の顔を見る。
人買いというその男は、ゆっくりと私の後ろに回り込むと、猿ぐつわを外してくれた。
「猿ぐつわなんて噛まされて、可哀想に」
いいながらも、涙でぐちゃぐちゃになった頬を、手拭で優しく拭ってくれた。
「くそっ、もういいッ!!他をあたる」
これ以上は辛抱ならない、というようにでていこうとする。両腕を無理に引かれ、思わずつんのめった。こけそうになって、慌てて床に視線をおとして、踏みしめる。
「そういうわけにも、いかねぇなァ…………」
耳に、いつもの冷たい声が飛び込んできた。驚愕して、落とした視線を跳ね上げる。入り口に、人影があった。誰かが立ちふさがっている。逆光になってみえないが、大きな影だ。
最初は、勘違いだと思った。そんなことがあるわけないと思った。それなのに、聞きなれた艶やかな低い声がする。人影が揺れた。
「クハハ………、そいつはおれのだ。返してもらおうか」