cantarella

愛は狂気であるとまではいわないが、愛の中に狂気が常に内包されている。それが自然と納得できるおれは、やはりどこか常軌を逸しているのかもしれない。色恋は理性の箍が外れた、言葉や論理で説明のつかないところに中核が存在するというのは、現状に則していえば事実である。理性や知性でなんとかできるものならば、最近、気にかけないようにしても瞼の裏から消えない姿を、おれはとっくに追い払えているはずだった。


なまえを気にかけるようになったのは、思いだせない程、些細なきっかけであったように思う。なんとなく、みかけた女だった。だが、纏う空気が気になった。それからは、みかけるたびに、つい目で追ってしまっていた。講義室では、女性特有のやわらかそうな肌が覆う白い手がペンを握る様子を眺めるのがすきだった。よどみなく流れるように筆記する手のかすかな筋肉の動きに惹かれた。

彼女の名前は、なまえがおれの名前を知るより随分早く知っていた。コメントシートに書かれた彼女の文字は、想像と寸分の互いなく小奇麗に整った心地のいいもので、それに思わず口角があがった。


些細なきっかけであり、明確な理由など存在しなかった。魚が暗きに棲むように、居心地のいい場所を探り当てる動物としてのヒトの嗅覚が働いたのかもしれない。

なまえの核心を捉えてしまいたかった。彼女のすべてを手に入れるか、すべてを諦めるかの二択しか、気づくと存在しなくなっていた。

「一晩でいいから、泊めてくれ」

だからこそ、有り触れた誘い文句でなく、彼女の生活の場に踏み込むような真似をしたのだ。ある種の賭けのつもりだった。声が掠れたのは、意図したところでもあり、緊張で震えたせいでもあった。



なまえを捉えてから、それからどうするかを考えていなかったのは、失態だったと思う。まさか、こんな突拍子もない申入れを受け入れるなんて、言っておいて立場がないが、思わなかったのだ。――――あぁ、今さら、好きだなんて、陳腐な台詞は吐けないじゃないか。

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