電伝虫がけたたましく鳴り響く。とると、珍しくレインディナーズからだった。基本的には、ミス・オールサンデーに連絡がいくのに、こちらに来るのは極稀だ。何か起こったのだろう、と不審に思い「どうした」と尋ねる。向こう側で焦ったような女の声がした。
「クロコダイルさま、なまえがいません。消えました」
一瞬、思考が凍った。呼吸をすることを忘れるほどの激情が背筋を痺れさせた。
「――――逃げたのか?」
そうして、再び発した声は、意図せず、怒りに震えたものとなった。
そういう可能性がないわけではない。奴隷が逃亡するのは、古今東西ありふれたことだ。だが、もしなまえが逃亡したとしたら?
ただの奴隷の女ひとり、探す労力すら惜しい。捨て置けと、普通はそれで済ませただろう。
だが、なまえが逃げたと聞くと、不思議とそんな冷静さは保てなかった。アレは、俺の所有物だ。勝手にいなくなることは、許さねぇ。
逃げる、だと?それくらいだったら、自らの手で始末してしまう方が、幾分ましだった。
「いえ、それが、何者かに荒らされた形跡があるのです、申し訳ありません」
「…………チッ、おい、いい度胸してるじゃねぇか……」
なまえに対してか、それとも連れ去った相手か、我ながら、何に向かって発せられたのか把握し得ぬ呟きが洩れた。熱い塊が喉元を圧迫する。歯を噛み締めた。怒っている、それなのに、頭は酷く冷静だった。
だが、電話をかけてきた従業員は、その言葉におびえてしまったようで、ひたすら謝罪の言葉を口にする。詳しい説明をするようにうながし、その後の指示を簡単にすると、いくぶん乱暴に受話器を置いた。隣にはミス・オールサンデーが面白そうな様子でたっている。何が起こっているのか、もう大方察しているのだろう。
「ミス・オールサンデー、」
「わかっているわ。すぐに、手配を」
電伝虫での話の内容もまともに聞いていないのに、そう答える。ミス・オールサンデーのこうして理解がはやくて有能なところは気に入っている。ぎりり、と葉巻を噛みしめる。
―――小物が、やってくれる。臓腑が怒りで冷え渡ってゆくのを感じた。