逃げれるものなら逃げてご覧[1]

いってしまえば、なまえが面倒事に巻き込まれるのは、想定の範囲内だった。だからこそ、街にでたなまえの動向をそれとなく追っていたのだ。なまえは、目立つ格好をしているうえに、ふわふわと浮ついた足どりで、露店を渡り歩いている。見るモノすべてが新鮮で仕方ない、とでもいうように、目を輝かせながら、あっちへふらふらこっちへふらふらとしている。


―――あの様子じゃ絡まれるのも、時間の問題だろうな。

そう思っていると、あっという間に汚らしい男に声をかけられ、細かい路地に引きずり込まれていった。それをみて、思わず額に手をあてて溜息をついた。お約束とはいえ、なまえ、流石に簡単すぎるだろうが。


だが、なまえの身の上を考えれば、仕方がないのかもしれない、と思いなおす。自由な時間など、今までほとんどなかったのだろう。長い奴隷生活の中で、一般常識を育む余裕もなかったなまえは、ある意味、浮世離れしている。しようがないやつだった。その様は、哀れでもあり、それゆえ、愛しい。

なまえを、逃がすつもりなど毛頭なかった。誰かに渡すつもりも、奪われるつもりだってない。一度は手放そうとした。諦めようとした。だが、無理だった。つまり、そういうことなのだろう、と己を納得させた。



―――そろそろ助けにはいるべきか。

まさに犯罪が行われている路地を、2階の人がいないベランダに腰掛けて、見下ろしながら考える。なまえも男も、上を見上げるだけの余裕はないようだ。随分と、品のない男だ、と思った。安っぽいナイフで脅して、金を巻き上げる。しみったれた犯罪だ。「毎晩お楽しみなんだろォ」といわれると、こちらとしては否定しがたいところがあるが……微妙な顔をして、そんなことを考えるも、男の手が、なまえのシャツの裾にいれられた、その瞬間。まるで血が沸騰するように、腹の底から煮えるような怒りが込み上げてきて、思考は掻き消された。



「………さて、そのくらいでやめて頂こうか」

怒りが、身体に冷たく染込んでいく。それにも関わらず、発した声は、内に滾る激情を映さない、極めて平静を保ったものだった。



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