食堂へと向かう途中、密かに引っかかっていたことを聞いてみた。
「あの、わたしの立場ってどうなってるんでしょう?」と、そっと切り出してみる。
「そうですね……」
世話係の人が、いいにくそうに一度止めて、わたしの顔を窺う。わたしは頷いて先をうながした。
「正直に申し上げると、皆よくわかっていないというのが現状です。クロコダイルさまは、『うちで飼うことにした』と仰るのですが、使用人として扱えばいいのか客人として扱えばいいのか、戸惑っているのです」
「え……、わたし、働きます。働きたいです……!」
そのことばに、私は必死で返した。女として無価値なのならば、働かなければ。そうじゃなきゃ、また売られてしまうと思うと、ことばに力も入るというもので。世話係の人は、困ったように眉を寄せた。
「それは、こちらとしても歓迎したいのですが、なにしろ………」
そうしてまたわたしの顔を見て、言葉を選ぶように逡巡する。
「なにしろ、今まで女の方がクロコダイルさまの部屋で一夜を越したことはないのです。夜伽の女性も、今までは用が済めば帰してしまう方だったので……。ですので、いつもと勝手が違うのですが、ただ、特別になにも申し付けるといったこともなさらず……」
それを聞いて、なるほど、と思う。つまり、クロコダイルがわたしを女として囲うつもりなのか、それとも使用人として引き受けたのかがはっきりしていないのだろう。昨晩、彼はわたしを女として買ったんじゃないと明言してたが、実のところはどうなのだろう。
そんな会話をしていると、食堂につくのもあっという間だった。近づくだけで、もうおいしそうな香りが漂っている。腹の虫がその存在を主張しはじめた。その音のあまりの大きさに、隣でくすりと笑う声がした。
「まずは、食事にしましょうか」
わたしは、大きくうなずくと、彼女に先導されて食堂にはいった。
その日は、自分が寝泊まりする場所や、――どうやらここはカジノらしいが――、そこに併設している従業員用の施設を紹介されて終了した。小さなバックヤードだった狭く簡素な場所をあてがわれた。自分一人の空間を持つのは、初めての経験で胸が躍った。
充実感と若干の疲労感とともに夕食をとってたとき、世話係の人に声をかけられた。
「あぁ、今日の夜、クロコダイルさまが、また部屋に来るようにと仰ってましたよ」
クロコダイル、その名を聞いて、胸が跳ねた。一瞬で、さまざまな思いが脳内を駆け巡る。怖い、恥ずかしい、申し訳ない、どうしたらいいんだろう、言葉にしきれない複雑な気持ちが、胸中にせりあがった。
どこかで、ただの使用人、従業員として雇われたことを期待していた。そうしたら、質素に慎まやかに、そして何より平穏に生きていけたのに。だが、世話係の人がそんな心情を察するはずもなく、淡々と言葉を続けた。
「場所は、教えたからわかりますよね?」
その質問に、こくりと頷く。わたしは必要以上にゆっくりと時間をかけて夕食を終えた。これからのことを考えると、憂鬱でどうしても手が進まなかった。
だが、いくらのんびり食事をしても、時間というものは残酷で、結局、夜は訪れる。一度自室に戻ってから、精一杯の覚悟をきめて、廊下を一歩踏み出した。