抱きしめて、離さない [3]

砂嵐が、吹き荒れる。

目が開けられない。まともに息ができない。その激しさに、男による拘束が解かれた。けど、私もその場からは一歩も動けない。信じられないという驚きと、まさかという期待に、思考が奪われる。


こんな砂嵐、こんなところで、起こるわけがない。じゃあ、さっきの声の主だって、きっと、いや、絶対―――――


背後から伸びたなにかが、腰にまわされ、そのまま持ち上げられた。いきおいよく、固い何かに背中が受け止められる。そうして、砂嵐が、徐々に弱くなる。砂で濁った視界が、晴れてきた。

いま、クロコダイルの胸板に抱きとめられているということに気がつくのには、しばらくかかった。クロコダイルの、胸の中に抱かれている。浮いていた足が、ゆっくりと地におろされた。クロコダイルの鉤爪つきの左腕が、私の体をしっかりと守って、離さない。

「なまえ、お前は、相変わらずこういう輩をひきよせる」と、クロコダイルの呟きが聞こえた。「だから、面倒なんだ」、とのぼやきも一緒に。

頭上の、クロコダイルの顔を見やると、クロコダイルは眉根をあげ、呆れたように目を逸らした。その様子に、謝ればいいのか礼を述べればいいのか、わからなくなってしまって口をつぐむ。


目の前の男は、すっかり呆気にとられて腰を抜かしている。金魚のように口を開けたり閉じたりしている。何が起こったのか、まったく把握できていないのだろう。

クロコダイルが男に目をやった。視線が急に冷える。クロコダイルは、微かに笑みを浮かべている。目は笑っているけれど、笑っていない。氷のように冷たい、底冷えのする眼差しだった。私に向けられたものではないのにかかわらず、嫌な予感に、ぞくりと背筋に寒気が走った。

「俺のものに手をだした、ということで、それなりに制裁を加えなければな」

それは、男も同じだったようで。顔をさっと蒼くさせると、震えはじめた。

「す、すまねぇ、つい出来心で、その、あの、あんまり簡単そうだったから、金が、ほしくて、つい………」

クロコダイルが、冷徹に非情に男を見下ろす。圧倒的な力の差が、そこにあった。
ピリピリと空気が緊張で震えて、肌に刺さるようだ。

「………クハハ、そのわりには、嬉しそうになまえの身体を撫でまわしてたじゃねぇか」

その様子を思い出しているのか、声色は随分と愉しそうなのに、葉巻を噛みしめ、その額には青筋が立っていた。クロコダイルが、白い歯をみせる。笑顔なのに、笑顔じゃない。唇の端を釣り上げただけの、人を威嚇する顔だった。

「いつの世も、弱いものほどよく喋る…………俺はな、俺にたてついたものは片っ端から始末してるのさ」

男は、腰を抜かしているようだ。クロコダイルの腕が届く範囲から、逃げようにも逃げられないのだろう。蛇に睨まれた蛙のように。足が竦んで、動かない。クロコダイルが、右手を男に伸ばす。男は、逃げない。逃げられない。私は、先の展開を予想して目をつぶった。

過去の光景がフラッシュバックして、瞼の裏に舞い戻る。水分を失い、干乾び、あっと今にミイラのようになる人の姿。そして、その後、クロコダイルに首を掴まれ、一瞬、死を覚悟したあの瞬間。


次に目を開いたとき。目の前には、すっかり干からびて、微かに声を漏らす物体を、クロコダイルはつまらなそうに眺めていた。握る指の力をゆるめると、それは、重力に従ってどざりと地面に落ちた。


「半殺しだ。運よく人でも通りかかれば、助かるかもな」

クロコダイルは、誰に言うでもなくそう呟いた。私は、その様子をただただ見つめていた。


「帰るぞ、なまえ。買い物は、………もういいだろう」

有無を言わさぬ断定的な声色だった。それなのに、瞳には心配の色が浮かんでいる。目の前の人が、恐ろしかった。冷酷無比に人を始末できてしまう鬼のように非情な人。でも、同時に離れがたかった。足手纏いでしかない私を、最後はこうして助けてくれる。クロコダイルは、私にとって英雄だった。



――――クロコダイル様、私、あなたの側にいてもいいんですか?、私のこと、どう思っているんですか?


そんなことを思うも、勇気がでずに言葉は形にならない。クロコダイルの胸に抱かれていると、その温もりだけが伝わってくる。だから、どうか、私のことを離さないでほしいと願った。想いを言葉にできない意気地なしの私には、この腕のぬくもりだけがすべてだから。


――――私、あなたを好きでいてもいいんでしょうか?

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