ぬけてるふたり

「ミホークさんって、性欲なさそうですよね」

いつもと同じ、平和な昼下がり。なまえがなんとなくいった、この迂闊なひと言が、すべての発端となった。

「……………なまえ」

本を読んでいたミホークは、静かに表紙を閉じるとそばのテーブルに置いた。なまえもなまえで、ソファで寝ころび、本を悪戯にめくっていたけれど、ミホークが動く気配に、目線をあげた。

「あれ、ミホークさん?…………どうしたんですか?」

なぜミホークが立ち上がったのかも、そばにいるのかも、まだ何も理解していないなまえは、ごく普通に、不思議そうに、そばに立つミホークに、そう尋ねた。


先程、なんとなくした発言と、目の前のミホークが結びつかないのだ。なまえからしたら、「ミホークが性欲なさそう」ということは「今日もクライガナ島、曇ってますね」と同じくらい自明なことなので、そこにミホークが引っ掛かりを感じていることなど、まったく思いもよらない。

そもそも、ミホークと暮らし始めて数か月たつが、この男は、なまえに指一本ふれてこないのだ。なまえが「性欲なさそう」と思うのも無理がない。ただでさえ、ミホークは極端に無表情で、浮世離れしたところがあるのだから。

「………俺も男であることを、知らないのか」
「……………?」

ミホークが、ここで起きている問題のかなり核心に迫る発言をしても、いまだになまえは間の抜けた顔をしている。―――ここまでいっても、理解しないか。ミホークは心の中でひとり、溜息をついた。ゆっくりと腰を折ると、両手をなまえの頬にそわせて固定した。至近距離でみつめあう。なまえは惚けたようにこちらを見返していた。「私の顔になにかついてますか?」とでもいいだしそうな雰囲気すらある。鈍い、鈍すぎる。なまえがここまで緊張感がない原因の半分は、ミホークの女性に対するあまりの無関心さがあるけれど、ミホークもそのことには気が付かない。ふたりして、鈍い。


しばらくみつめあっていたけれど、ミホークは瞳を閉じて、なまえに口づけた。対照的に、なまえは驚きに目を見開いた。読んでいた本が手元から落ちた。ミホークにキスをされている、その衝撃は相当なもので、なまえの思考はどこか遠くまで飛んでいってしまっている。


何度か啄むような軽いキスを繰り返したあと、ざらり、とミホークの舌がなまえの唇をなぞる。その柔らかい、微妙な刺激に、なまえの背筋に震えが走る。薄く唇が開いたら、その隙間をぬうように、ミホークの舌が咥内に侵入してきた。

抵抗するように、なまえの両手は、反射的にミホークの胸元におかれたものの、次第に力を失って、最終的には縋るようにシャツをつかんだ。

なまえをすっかり蕩けさせてしまうほど、ミホークのキスは巧みなものだった。咥内の粘膜をなぞり、刺激し、舌を絡ませて、なぶり、なまえのよゆうをすべて奪うような、情熱的で性感的なキスだった。


その魅惑的で至妙なキスから解放される頃、なまえの息はすっかりあがって肩で息をしていた。心臓が痛い程、脈打っている。全身が火照る。なまえは、のぼせたまま、ミホークをみた。いつもと同じ感情の読めない、金色の瞳。太陽のように揺らめいていて、吸いこまれてしまいそうだった。

ミホークは、口角を微かにあげた。なまえは、呆けたまま、ミホークの顔を見つめている。

「………なまえに、まったく男として見られていないようで、腹がたったのでな」

そういって、余裕たっぷりに、意地悪そうに笑った。

「………いい勉強になったろう?今後、気を付けるように」

声を低めて、耳もとに吹き込むように囁いた。

なまえは頬を上気させたまま、いまだにぽかんと口をあけている。

ミホークは、その様子をみて、「また、そんなに隙だらけにして。もう少し緊張感というものをだな………」と悶々としていたが、なまえを好いているゆえ、男としてみられず腹だったことには気づいていなかった。

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