02:君を忘れられない

なまえを初めて抱いたのは、いつの日のことだったろうか。とても寒い、雨が降っている日だったことを覚えている。室内にいても、暖炉が部屋の空気を温めきるには時間がかかる、そんな日。ふいに触れ合ったなまえの手が、凍えるように冷たくて、それで思わず息をのんだ。そうしたら、「弱点見つけたり」なんて、冗談をいいながら、悪戯っぽい笑顔を浮かべて、その冷たい指先を脇腹に忍び込ませようとしてきた。その、腹を掠る、くすぐったいような、思わず背筋に震えが走るような、中途半端な感覚に、その冗談にのるかたちで「やめろ」とくすぐりかえしたら、取っ組み合いになった。そのはずみで、なまえを組敷くような体制になってしまったのが、はじまりだった。


両腕をとって、身体の自由を奪った状態で、勝ち誇ったように笑みを浮かべるものの、身体の下のなまえが、いつもと違ってやたら静かなことに気が付いた。なまえが、いつになく顔を真っ赤にしているから、こちらもなんだか急に照れくさくなってしまって。

お互い黙り込んで、それから、どちらからともなくキスをした。そのときはじめて触れたなまえの唇はやわらかく、俺の理性を飛ばすには十分なほど官能的だった。紳士的なキスを保てたのは最初だけ、貪り尽くすような、飢えた獣のようなキスだった。


「スモーカーさん………」

お互いの唾液で濡れて光る唇、上気した頬、潤んだ目、すべてが劣情を煽る姿だというのに、くわえて掠れた小さな声で、俺の名を呼びなどしたら。最後の一線は越えてはならないと、猛る己に言い聞かせてきた。彼女は一般市民なのだ、住む世界が違う。いつか、街の男と恋に落ちて、そうして幸せな家庭を築くべきだと、そう思うから、想いを押し殺してきた。それでも、なお、冷たく突放せないのは、彼女に惹かれてやまない己の甘さで。


お互いの身体が絡まり合ううちに熱を帯びてゆき、直に触れ合う火照った肌が心地良かったことを覚えている。彼女は、いま、元気にしているのだろうか。ちくりと、胸に棘が刺さる。危険な海には、つれていけない。大事に思うからこそ、置いてきた。彼女を危険にさらすなど、できない。涙をその瞳いっぱいに湛えたなまえの姿が脳裏に鮮やかに蘇る。なまえ、会いたい。何度も甦ってはその度、理性的に押し殺してきた欲望。

いつになれば、彼女の温もりを忘れられるのだろうか。

そうして、忘れられないのではなく、忘れたくないのだということに気づいた。

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