抱きしめて、離さない [2]

「なぁ。ねぇちゃん、あの、船から降りてきただろ」

ぼさぼさと汚らしくのばされた茶色の髪に、日に焼けた乾燥した肌の、厭らしい顔をした男。急に声をかけられたので、驚いて足をとめてしまった。そこで、無視して人ごみに逃げ込むべきだった。後悔というのは、基本的にしても遅いときにするものだけど、その判断の遅さを後悔した。


「港でみてたんだよ、あれ、海賊船だろ。結構立派なヤツだよな」

声帯は緊張でかたまって、まともに声がでず、震えながら、弱弱しく首をふったものの、男は意にも介さず言葉を続けてきた。脇の下がじっとりと湿る。腕を掴まれた。きらりと光るナイフが、男の手元に光る。暗い路地にひきこまれ、後ろをとられると、ぴたりと首元にナイフがあてられた。男の吐く臭い息が、首元をかすめて、嫌悪感に鳥肌がたった。

「違うわけねぇだろォ、ねぇちゃんみたいなカッコ、珍しいからな。後をつけるにゃうってつけだァ」

冷たい鋭利な刃物の感触に、ひやりと冷たい汗がたれた。心臓はうるさいくらい早鐘をうって血液を送り出しているというのに、身体は指の先まで凍ってしまったかのように動かない。思考ばかりくるくると空転する。


「ってことは、そこのオンナだろ、おまえ。船付の娼婦か?ま、それにしちゃ、しみったれたかんじだが………、まぁ、金、持ってんだろォ」

そうして、へへへと下品に笑う。嫌に語尾がのびるねっとりとした喋り方の男だった。

「大丈夫、殺しはしねぇよ。ちょいと、怖い目見せて、そんで、有り金ぜんぶいただければ、ってだけだからよォ」


震える手で、クロコダイルに渡された財布に手を伸ばそうとしたら、その手を掴まれた。

「動くんじゃねぇ。へへっ、ナイフなんか隠し持ってたら、大変だ。俺が探してやるよォ…………おい、何震えてんだ。どうせ、海賊相手に毎晩お楽しみなんだろォ。純情ぶるなって………」

そういって、男の手が、シャツの裾から忍び込む。腹をなでる、腰をなでる。クロコダイルに触れられたときは心地よいとすら感じたのに、いまは嫌悪感に、気が遠くなりそうだった。男の呼吸が、興奮に荒くなる。涙で視界がゆがむ。頭が真っ白になってしまった。自分の迂闊さがひたすら憎かった。


「………さて、そのくらいでやめて頂こうか」

どこからか、聞き慣れた声がふってきた。そうして、それが頭上からであると気が付くころには、砂嵐がすべての視界を攫ってしまっていた。


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