08

しゅる、と耳触りの良い音をたて、スカーフを首元から引き抜いた。寝衣として着慣れたローブへ着替えながら、思索に耽る。―――――さて、どうしたものか。なまえの処遇を決めなくてはならない。気まぐれ、とは、たいてい、こういう瞬間に煩わしくなる。思いついた瞬間は多少心を躍らせても、いざ、現実に則して考え始めると、途端に面倒事へと変貌を遂げるのだ。

どんなものかと、反応を観察するためと、興味本位で口づけてみたものの、面白くもなく、まさに、興醒めのひと言。とりあえず、ベッドで待たせてはいるが、現状、女としてはまったくそそられない。気に掛ける価値もないような女に気を揉むのも阿呆らしく感じる。―――――追い返してしまおうか。そうして、たった一回の気まぐれのことなんて、忘れてしまえばいい。

その考えは、名案のように思えた。ここは、カジノ。身の振り方としては、使用人でも掃除婦でも、どうとでもなるだろう。そこから先は、知ったことではない。

そんなことを考えながら、なまえの待つベッドに戻ると、そこには平和そうに寝入っているなまえの姿があった。


まず、驚き、それから、少し遅れて呆れがやってきた。

寝ている。よくもまぁ、こんな器用に端っこで寝られたものと、いっそ感心すらしてしまう。そのくせ、どうやら熟睡しているようだった。あまりに予想外の光景に、すっかり毒気を抜かれてしまった。ひとり、小さく肩を揺らして笑いだす。

改めてみると、なかなか面白くはある。従業員の制服を着て、この俺のベッドで爆睡するとは、いい度胸じゃないか、とは思う。

しかし、どうしたものか。勝手に人のベッドで、許可なくすうすう寝息をかいている。俺は、待っていろといったのだ。寝ていろ、とはいった覚えはない。いますぐ蹴り落として、つまみだしてしまってもいい。なんてことはない、もともと、ただの気まぐれだ。そう思い、また一歩、ベッドへと歩み寄る。

なまえの顔に目を落とす。昼見たときは、砂だか埃だかでうす汚れていたが、綺麗に落とされている。髪も綺麗に切りそろえられていて、それがシーツの上に散っていた。

頬に手をそわせる。そのまま爪を立てて引っ張ってみる。弾力のある肌だ。起きない。下唇をつまんで引っ張る。起きない。

なんと、躾がなっていないことかと眉をひそめる。だが、そのあまりに無防備な姿に、不思議と腹立つことはなかった。

仕方ない、このまま寝かせておくか。これだけ端に寄っているからには、勝手に落ちて起きるだろうし、起きたら逃げるように退室するだろう。そう思うことにした。

ローブの腰紐だけをとどめて、着流すように胸元から肌蹴させた状態で、ベッドへとあがる。そうして、いつものように、枕に頭を落として横になると、ちらりと、すべらかな肌が視界に入った。『この象牙色の肌!』と、あの男がそんなことをいっていたことが思い出される。

外気に晒されている腕を撫でてみると、手に吸い付くようで心地よかった。思わず、驚きに眉があがった。

ふと思い立ち、こちらへと抱き寄せてみる。相変わらず、なまえの瞳は瞼にしっかりと覆われている。起きる気配すらない。そのまま抱いていると、肌理の細かい肌は、触れ合うことで汗でしっとりと湿って、その質感が予想外によかった。体温も、自らのものより若干高いようで、冷える砂漠の夜に抱いて眠るにはちょうどいい温度となる。

ふむ、と微かな驚きと得心とともになまえを抱いていると、いつの間にか眠気が思考をむしばみ始めた。ぼんやりと、輪郭が融けていく。そうして、気づかぬうちに、微睡み、眠りに落ちてしまっていた。

その夜は、不思議なことに朝までよく眠れた。




翌日、目を覚ましたとき、隣のなまえはいまだに気持ちよさそうに寝息をかいていた。ベッドの上で身体を起こす。信じられない思いで、なまえを見下ろした。誰かと同じベッドで、一晩眠るなど、今までなかったことだったからだ。

信頼など、この世で最も不要なものとし、誰ひとりとして信じることはない。そんな自分が朝まで誰かと一緒の状態で眠りに落ちて、さらにその睡眠を邪魔されることもなかった事実に、驚愕した。

ーーープロの娼婦ですら、事さえ済めば、ここで夜は越させないというのに。


視線をずらして、眠りこけているなまえの顔に目を落とす。決して美人ではない。特殊能力があるわけでも、なさそうだ。ただの、か弱い普通の女に過ぎない。情がわいた、だとかそんなこともありえない。この場で彼女の首がかきられ、血飛沫をあげようと、眉ひとつ動かさない自信がある。それだけに、昨晩、ともに眠った。その事実が衝撃的だった。自分が、自分の行為が信じられなかった。

しかし、いくらなまえの顔を眺めども答えはでず、複雑な心境のまま、その朝は部屋を後にした。

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