なまえを優しく抱いてしまう。そんな自分が恐ろしかった。だから、それに反するように言葉だけは勝手で自己中心的なことを吐いた。それでも、なまえは素直に笑顔で受け止めてしまって。
『ペット』だなんて、気まぐれに名前をつけてずっと自分を欺いていた。この感情は、何か。独占欲に嫉妬、所有欲、加虐欲が複雑に絡み合ったもっとドロドロとした汚い感情。これは、愛情なんて生易しい言葉で済ませない。
――――逃げようたって、逃がしてやらねぇよ。
そんな思いが現れた『首輪』だった。人体の急所である首に、自分の印をつけておきたかった。これから、他の誰もなまえに触れるな、そんな身勝手な欲望。
「ユートピア」計画は、失敗に終わった。醜く衆目の前で、罪状を告げられ、持てるすべてを取り上げられた。それは酷い絶望感だった。
――――そうか、またか。すべて終わってしまったのか。
一方で、どこか清々しいような感覚もした。絶望と抱き合わせでやってくる諦観ともいえる清涼感。かつて一度味わった敗北感だった。
そんな中、なまえに、合わせる顔がないなんて、らしくもなく思ってしまった。すべてを失っての、ひとりの男として、素直な感情だった。
プライドも自信も、過去に、一度すべて打ち砕かれた。情けない、悔しい、腸が煮えくり返る、そんな思いはすでに味わった。だからこそ、もう二度とそんなことあってはならないと思った。それゆえ、能力に甘えず力を磨いて研ぎ澄ましていったのだ。力、力こそがすべてだ。
そうして、今度は、力に加えて、知略と計謀を用いて、のし上がっていった。幸いなことに頭だってきれた。………それでも、砂上の城が瓦解するかのように、望んだものが手のひらから零れ落ちてゆく、あの感覚。なぜ、俺が望むものは手に入らない。
あんな思いはもうごめんだった。だから、もう、諦めてしまおうと思ったのだ。世間になど興味はないとして、悟ったふりをして。
そんなところに、あの戦争が起こった。久しぶりに、血がたぎった。まだ自分は死んでいないことを痛感した。
そうして、俗世間へと舞戻ってきた。脱獄するときにいった、「もうあの国には興味はない」それ自体は嘘ではない。
だが、ひとつ、あそこに置いてきたものがあったはずだ。野心の炎が、胸にちろりと灯ると、それは一気に燃え広がる。ほしいものを諦める?そんな生易しい性格をしている俺ではない。そうだ、俺は元来こういった性質のハズだろう。しおらしく、大人しくしてるなんて、違うだろうが。
だから、取りに戻ることにした。それだけの話だ。
なまえは、まだ俺のことを待っているだろうか。そんな一抹の不安が胸をよぎるが、一瞬で掻き消した。俺は、誰だ。サー・クロコダイルだ。欲しいものは、力づくでも奪うのが海賊。
そうして、律儀に砂の国で待ち続けた女と、再びめぐり合うまで、あと数週間―――。砂の国では、波乱を予感するかのように、一陣の風が吹き砂塵を巻き上げた。