06

「それでは、こちらへ」

ぱたん、とドアを閉めたらそっと手を引かれて歩きはじめる。広い廊下だ。華麗な装飾がいたるとこに施されている。ここはなんなのだろう。ホテル?豪邸?疑問はたえないが、だまって彼女についていく。豪華な場所に、みすぼらしい己の格好がいやに不釣合いで、いたたまれなかった。

いくつもの階段や水槽の間をとおりぬけ、建物のかなり奥まで連れてこられた。そこにあったのは、大理石でつくられた、広くて光がたっぷりとはいる、明るい浴場。さらにそこをぬけると、併設されている小さな浴場に通された。

「この時間帯は、水を節約するために大浴場は湯がはられておりません。申し訳ありませんが、こちらの従業員用のものをご利用ください」


女性は、「申し訳ない」というが、こんな清潔そうな場所でお風呂にはいれるのなんか、何年ぶりのことだろう。感動のあまり動けずにつったっていると、後ろから声が、かけられた。


「こちらに用意してある香油や石鹸はご自由におつかいください。身体をふくようのタオルは、ここに置いておきます。湯あみをされている間に、衣類を準備いたします。すぐに用意できるものだと、わたくしが着ているのと同じ形の、従業員用のものとなってしまいますが、もしクロコダイル様になにかいわれましたら、お申し付けください」

彼女は、手早く説明をしていく。理解がついていかずに、バカみたいに頷きを繰り返した。

「―――では、これから、身近な世話をさせていただきますので、よろしくおねがいします。ごゆっくり」

ひと通り説明を終えた後、業務的な態度をくずさないまま、彼女は一礼すると立ち去った。そうして、ぽつねんとひとり取り残されたわたしは、ずっとそこにいるのも落ち着かず、のそのそと湯あみの準備を始めるのだった。



さて、その後のわたしというと、湯あみ後は磨かれ髪を切られ整えられ香油を塗り込められ、食事をとらされ、あれよあれよという間にとっぷりと日が暮れて夜になった。

そうして、今ふたたび、分厚い扉の前にいる。先程のものより、少し小さい、けれど立派な部屋だった。クロコダイルの私室だという。つまり、この扉の奥に、クロコダイルがいるのだ。彼の持つ威圧的で威嚇的な雰囲気を体現するかのように、扉までもが必要以上に、大きく、重たく感じられた。

凍ったように、扉の前で立ち尽くす。急に、『オンナ』として買われた事実が恐ろしくなってきた。今まで、色恋の経験なんて、ない。男の人に、触れたことすらないというのに。想定外すぎて、まったく思考がついていかず、未知の領域に足を踏みだせずにいた。

どれくらいそうしていたかは、わからない。ただ、後ろに控える世話係の人の苛立った雰囲気が伝わってくる。いつまでもこうしてはいられない。落ち着いた胃が、また痛んだ。

ようやく、ひきつる筋肉を無理やり動かして、扉の前に持っていく。こぶしをつくって、ノックする準備をした。つばを飲み込む。緊張で手が震えた。にぎりしめるのも精一杯なほど、身体に力が入らない。やっとの思いで打った扉は、拍子抜けするほど、鈍く小さな音を返した。

「はいれ」

昼に聞いたのと同じ、低く威厳のある声が扉越しに聞こえた。指の先の感覚がとうに失せた、震える手で、わたしはゆっくりとドアノブに手をかけた。

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