まだ私と兄が施設にいた頃の話。



ある時、テレビアニメの中の華やかな衣装を身に纏い、不思議な微笑を浮かべるヒロインを見ていて私がつい

"私もお姫様になりたい"

と呟いたことがあった。


横で同じ画面を見ていた兄はそれを聞くと、



"春奈がお姫様なら

俺は春奈を守る騎士になりたい"


と笑って言ったのだった




―あの頃から私にとって兄は、

ずっと誉れ高い騎士様である。




**********





待ち合わせ場所の時計台の前に立つ兄の元へ小走りに近付く。私に気がついた兄はゆっくりとこちらに歩いて来た。


「待たせてごめんね兄さん帰りのホームルーム時間かかって…。」

兄はスーツ姿、私は高校の制服。
今日は話題の恋愛映画を観に行く予定で、なんだか少しだけ大人のデートみたいだと私は内心はしゃいでいた。

「気にするな俺も今来たところだ」

眼鏡の奥の赤い瞳が満足そうに細められたのを見て、私もつられて微笑んだ。

「ふうっ…じゃあ、行きましょ。映画館ってこっちだっけ」


意気揚々と歩き出したかと思えば春奈、と呼び止められた。
何かと思えば兄にいきなり手荷物を取り上げられる。

「重いだろう持とう。」

「え」


確かに今日の私の通学鞄は高校の学期末に配られた物達が沢山詰まっていて少し、いやかなり重かった。



「…ありがとう。」


ここで自分が持つ、と言っても結局、兄が引き下がる訳がないのは長年の経験から分かっているのでただお礼を言うだけに留める。


「さあ、行くか」


自然に差し出される左手に胸がふわり、と暖かくなる。迷わず自分の右手を絡ませ、私たちは目的地へと歩き出す。





―貴方は、



誰より、私を
愛してくれるひと。





前を行く兄の後ろ姿を眺めている内に、ふと昔の二人の何気無いやりとりを思い出す。



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"どうして?春奈がお姫様になったら、お兄ちゃんは王子様じゃないの?"


幼い私は、てっきり兄は王子様になると言ってくれるものだと思っていた。



「お姫様と王子様」と
「私とお兄ちゃん」は

ふたりでひとつ。


…もしかすると、そんな風に考えていたのかもしれない







"王子様じゃダメなんだ"








"――春奈とずっと一緒に
居られないから"







私は、あの頃よりも広くなった背中に向けて声をかける。


「ねえ兄さん、」

「なんだ」

「まだ施設にいたころ…ふたりでよく一緒に見てたアニメ覚えてる?」

「……ああ、懐かしいな」

「ねえどうして、王子様が嫌だって言ったの?」

「………さあな、忘れた」


「…ふふっ、
大好きよ兄さん」






(美しい城に依存する臆病者の王子様は、変わる事を選んだお姫様に見放され、

大事な人を最後まで護った騎士は、お姫様にいつまでも深く愛されましたとさ。)






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分かる人には分かるあのアニメネタ。大好き。

確かにあの王子様にはなりたくないかもしれないね、兄さん。


お題提供.友人A

2011.08.28

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