方舟の空から、声が降る
"珍しいですね"
すると、ピアノの音と共に扉が現れた。
無遠慮にそのノブを捻れば、白で統一された部屋が眼前に広がる。
目当ての人物は今、窓枠に腰掛けて方舟の街並みを見ていた。妙に、晴れやかな表情で。
視線はそのままで、彼は自分が招き入れた青年に質問を投げる。
「どうしたんです、こんな所まで」
「…また、病室を抜け出しただろ。婦長が探してたぞ」
それを聴くとアレンは、銀色の髪を揺らし小刻みに笑った。目の前のその光景に居心地が悪くなった神田は吐き捨てるように言う。
「なにが可笑しい。」
「いいえ、わざわざ有難うございます」
「………ちっ」
神田は部屋の奥へ足を運ぶと、窓枠に腰掛ける少年を引き寄せる。そして普段は剣を扱う掌でアレンの顎を掬うと顔を上へ向かせた
「神田?」
まだまだ幼さを残す瞳が自分を捉えると、言い知れぬ満足感を得た。
神田は目線をずらし、アレンの腹部に目をやる
俺があの日刺した場所には包帯が巻かれ、それも今はワイシャツに黒ベストといった普段の服装で隠されている。
服の上から傷口部分をそっと撫でた。
「っ」
「痛むか」
「平気ですって、これ位。」
嘘だ。
薬などで抑えてはいても辛いのだろう。
一瞬だけ見せた痛みに歪んだ顔が全てを語っていた。
そんな神田の思考を知ってか知らずかアレンは腕の中をすり抜けてピアノの前までかけた。
「ねえ、一曲踊って下さいよ」
「…どうせ俺の答えなんか聞かねえんだろ」
「よく分かってるじゃないですか。」
ふふふ、とアレンが柔らかく笑う。
彼が黒い鍵盤を叩くと、部屋に簡素なピアノワルツが流れだした。
音楽は鍵盤から手を話しても続いている。
「そんなことも出来るのか。」
「僕も驚きました。
さ、神田!」
目の前には期待に満ちた表情の少年が。
神田が渋々と手を差し伸べると、満足そうに微笑んだ。
アレンはその手に右手を乗せると神ノ道化を発動させる。すると左手のイノセンスは剣の形をとり、床に刺さった。
「なんで発動した」
「ドレス替わりになるかと。」
発動時の白い衣装のことを言っているのだろう。
裾を軽く持ち上げ、アレンは恭しく頭を下げた。神田は呆れたように溜め息を一つ吐く。
しかし不思議なことに無邪気に笑う少年を煩わしいなどと思うことはなかった。
二人きりでワルツを踊りながら、神田はぼんやり思った
あの不思議な子守歌以外にも弾ける曲があったのか。
すると、神田の考えを見透かしたかのように、上機嫌のアレンが語り始める
「昨日ね、夢を観たんです」
僕達が居る秘密部屋で、少年達が2人きりで最初にピアノを弾いてた。
その内に1人が楽しくなって踊り出した。ピアノを弾いてたもう1人はそれを見てすごく幸せな気持ちで、こう思ったたんです。
「このまま、時が止まってしまえばいい。って」
少年の白銀の髪が
メロディーに合わせ、
揺れる。
それは段々と、
―長さを増して。
「おい、お前髪が…」
「あ、これですか?」
一瞬目の錯覚かとも思ったがあきらかに違う。
するとアレンはああ…と呟き、
髪が長い方がノアっぽいかなと思いまして
普段の笑みで、そう、言いのけた
それがきっかけのようにアレンの額にノアの証、聖痕が浮かび上がった。同時に白い肌がみるみる浅黒く染まっていく。
あーあ、
名残惜しそうにアイツは声を洩らした
「ワルツはこれでお終い、かあ。」
互いの視線が交錯する。
――その銀灰色の瞳からは
なんの感情も読みとれない。
アイツはゆっくりこちらへ近づくと
そっと、
唇を重ねてきた。
思考が追いつかない俺に最後に口だけで別れの言葉を告げる
さようなら。
そして、
未だに血に染まったままの包帯と床に刺さった剣が其処に、残った。
オイタナジー恋愛論
(息が止まるような苦しさを
感じる間もなかった。)
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この話は神田vsアレンの回がSQに載った時期に書いたので色々と展開間違ってます。
オイタナジー=安楽死
2011.08.26 加筆・修正
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