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「ここがお家…!?」
「ふふっ、そうだよ〜。どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」

映画に出てくるような立派な佇まいの屋敷に圧倒されている間に、トド松さんが助手席のドアを開けて手を差しのべてくれた。
その手を取って降りようとすると、膝の上にいたニャンコちゃんがぴょんと飛び出す。

「あ、待って!」

私の声に一度鳴いて答えてくれたニャンコちゃんは、屋敷に向かう道をとことこと歩き始めた。

「僕らも行こっか」
「あっ、はい」

ニャンコちゃんは時々私とトド松さんを振り返りながら先頭を歩いていく。まるで住み慣れた我が家を案内してくれているみたい。
よく見ると広い芝生の庭には、他にも猫たちがくつろいでいる。

「一松兄さんの友達、兼密偵だよ」

私の視線に気づいたトド松さんが言う。

「猫を色んな場所に派遣して情報を得てるんだ」
「へえ…!賢い子たちなんですね!」
「あっこれも言っちゃいけないことだった。秘密ねっ」
「……」

トド松さんにどんどん逃げ場をなくされてる気がする…!
恨めしい目線を送る私ときゅるんとした笑顔でそれをかわすトド松さんの攻防は、玄関前の階段で終了した。

「お帰りなさいませぇ、トド松様、小山様」
「ただいま〜」
「あ…こ、こんにちは、お邪魔します…」

玄関ポーチの下、少し田舎訛りの執事らしき人が私たちを出迎えに来てくれていた。
丁寧な対応に私はどぎまぎしてしまったけれど、トド松さんはさっさと開けられたドアに入っていく。私も慌ててそれに続いた。

「わ…!」

入ってすぐに目を見はる。
私の住んでたアパートの部屋より広い玄関ホールから一続きに絨毯の敷かれた広間。
広間には長いソファーが二組とテーブル。振り子のついた大きな柱時計もシャンデリアも暖炉も、全部初めて見るものだ。
正面には上へ続く階段。太陽の光が射し込む大きな窓のある踊り場から左右に折れて分かれ、まだ上へと続いている。
広間の右手には繊細な模様の入ったガラス戸。向こうは大部屋になっているみたい。
左手は廊下が続いていて、突き当たりで右の方へ折れている。猫が一匹ゆっくりと奥へ歩いていくのが見えた。
夢みたいな家の中にため息をついていると、「杏里ちゃん、こっち」とトド松さんが手招きをする。
それに着いていけば、階段の脇の中庭へ通じるドアから、噴水を横目にバラのアーチがある小道を案内される。そこから玄関とは反対側の廊下へまた入り、応接室へと通された。
ソファーやテーブルの他にグランドピアノまで置かれている部屋だ。誰かピアノを弾くのかな…?

「杏里ちゃん、ここにどうぞ」
「あ…ありがとうございます」

ふかふか、でも沈みすぎないちょうどいいソファー。
でも部屋の雰囲気も相まって、座り慣れなくて逆に落ち着かない…
ここまで一緒にやって来たニャンコちゃんは、何のためらいもなくソファーに飛び乗って丸くなっている。
ニャンコちゃんはここに来たことあるのかな。そういえばトド松さん、ニャンコちゃんのことも密偵って言ってたような…

「ここでちょっと待っててくれる?もうすぐお茶が来るからね」
「あ、いえ、お構いなく…!」
「杏里ちゃんはお客様、だからね。ついでに一松兄さんも呼んでくるから〜」

一松さん、今この家にいるんだ…!
ドキリとして返事が遅れた間に、トド松さんは部屋を出ていった。

しんと静まり返った室内。
人里離れた場所なのか、街の喧騒すらも聞こえてこない。庭に来た鳥が時々鳴いているくらいだ。
変な緊張を和らげるために側のニャンコちゃんの背を撫でる。こうしてるとちょっと落ち着く…
今になって、何だかすごいことになってるなあなんて他人事のように感じてしまうのは、あまりに突然色々な事件が起こったせいかも。
今日の朝までは会社にいて、確かに私の身に危険が迫ってたんだよね。今こうして静かな家の中にいると忘れてしまいそう。
でもここはマフィアのお家…
そういえば、一松さんとカラ松さんが前にホームがどうとかって話してたっけ。そのままの意味でこの家を指してたのかな。
なら一松さんは今までここで仕事をしてたんだ。猫たちに囲まれて。

「…ふふ」

想像したら勝手に表情がほぐれてきた。
一松さんと会うのはすごく久しぶりだ。
おそ松さんもトド松さんも、一松さんは気まずく感じてるようなことを言ってた。
それでも私を助けるよう指示してくれたのはドンである一松さんなんだと思う。
じゃないとおそ松さんたちが動かないだろうし…うん、それについてのお礼はちゃんと言わないと。

「一松さん、まだかなぁ」

自然とこぼれた独り言。
ニャンコちゃんの耳がぴくりと動く。でもそれは私の言葉に反応したんじゃなかったみたいだ。
上の階から何か慌ただしい音が微かに聞こえ始める。それはだんだん大きくなってこの部屋まで近づいてきた。
まさか、この家に私を狙う人がいるんじゃないよね…!?
焦って手近なクッションを手に身構えたところで、足音が部屋の前で止まる。と同時にドアが勢いよく開いた。

「杏里ちゃん!?」

震え混じりの大声を上げて部屋に飛び込んで来たのは一松さんだった。
ネクタイをしていない白いシャツに黒いベスト、黒いズボン。いつも見ているものよりラフな格好。
でもその顔は真っ青だ。
お久しぶりですの一言をかける前に、一松さんは私の前へ来てあわあわと跪いた。

「ど…どこ?腕?足?お腹…?」
「え…?」
「い、医者は!?まだ!?」
「え…と」
「ああクソッ俺が行けば良かった…皆殺し…全員皆殺しに…」
「一松さん落ち着いてください…!」

何が何だか分からないけれど、頭を垂れた一松さんが物騒なことを呟きだす。
そんな空気を変えたのは、「おまたせ〜」と遅れて現れたトド松さんだった。

「一松兄さん何してんの?」
「さ、さあ…?」
「…おいトド松…十四松に暴走の許可出しとけ…」
「十四松兄さんが暴走したら後々めんどくさいでしょ。それより一松兄さん落ち着いて、杏里ちゃんよく見て」

トド松さんに言われて一松さんが顔を上げる。
心なしかうっすらクマのできている目が、私の全身を確かめるようにゆるゆると眺め回した。…ちょっと緊張した。
最後に視線が私の顔に戻ってきて「…怪我は?」と聞かれる。

「してないですよ」
「……撃たれたって……」
「大丈夫です。どこも撃たれてません」

しばらくぼーっと私を見つめていた一松さんはハッとした顔になるなりトド松さんに詰め寄っていった。

「お前嘘ついたな…」
「せっかく杏里ちゃんが来たってのに会わないとか言うからでしょ。むしろ感謝してほしいんだけど?」
「あァ?てめぇのせいで恥かいただろクソが…!」
「あ!あの、一松さん…!」

険悪な空気になる前に自分の声を割り込ませる。

「助けていただいてありがとうございました…!」

立ち上がって頭を下げれば、トゲのなくなった声で「いや、べつに、」と返事が聞こえる。

「じ、実際助けたのおそ松兄さんだし…」
「あと僕も〜」
「でも、そう指示を出してくださったのは一松さんなのかなって…違ってました?」
「…ち、違わない、けど」
「だから、ありがとうございました。皆さんのおかげで無事でした!怪我の心配もしてくださって、嬉しいです」

今度こそ気まずさを引きずらないように、好意的な言葉を使ったつもり。
一松さんは私をじっと見つめ、何かを言いかけてやめ、しおらしくうつむいた。ま、まだ言葉が足りなかったかな…?

「これ相当きてるな……さ、感動のご対面も済んだことだし、兄さんたちが帰ってくるまでお茶にしよ。今日のおやつはマカロンだよっ」

トド松さんにすすめられてとりあえず座り直す。
一松さんは私の左側、窓前の席についた。一人掛けの高級イスだ。たぶん、ドン専用のイスなのかも。
その一松さんの膝にはニャンコちゃんが定位置と言わんばかりに素早く飛び乗った。
やっぱり慣れてる…
ニャンコちゃんは元々一松さんの密偵だったのかなぁ。でもそれを聞くと、また私が狙われる“秘密”の一つを増やしちゃうかもしれない。うん、私からは何も聞かないでおこう…
私に“秘密”をたくさん聞かせたトド松さんは、私のすぐ隣に座った。
と、一松さんが鋭い目をこちらへ向ける。

「何でそこ座ってんの」
「えっ!ご、ごめんなさい…!」
「あ、いや、杏里ちゃんじゃなくて…!」
「いつもは僕が座ってる場所だからね〜。でも僕がここ座ってって言ったからいいんだよ?」
「すみません、座る位置が決まってたんですね…!」
「気にしない気にしない。一松兄さんもそんなことに目くじら立てないのー」
「…てめぇ……分かってて言ってんだろ……」

さっきの執事さんがやって来てお茶の用意をしている間も一松さんは何だか不機嫌そうだった。
トド松さんは逆に楽しそうで、マカロンの種類の説明をしてくれていた。
マカロン…名前は聞いたことがあるけど初めて見るお菓子だ。
トド松さんのお気に入りのお店のものらしい。私よりトド松さんの方がよっぽど女子力が高い気がする。
紅茶を淹れ終わった執事さんが部屋を出ていくと、トド松さんが「さてと」と口を開いた。

「もうすぐ兄さんたちが帰ってくるはずだから、そしたら杏里ちゃんの歓迎パーティーしないとね〜」

一松さんもトド松さんの言葉に頷いている。

「歓迎パーティーなんてそんな、お気遣いなく…」

お客様とは言われたけれど、パーティーなんて緊張しちゃう。

「だってほら、みんなに杏里ちゃん紹介しなきゃだし」
「みんな、ですか?」
「まだ会ってない兄弟もいるでしょ?あと博士やチビ太もか。これから杏里ちゃんのこと、色々と世話してくれる人たちだから」
「…世話、とは…」
「あれ?ごめんまだ言ってなかったっけ、杏里ちゃん今日からここに住んでもらうからね」
「え?」
「え!?」

私に続いて叫んだのは一松さんだった。

「えって何、一松兄さん歓迎パーティーには頷いてたじゃん」
「いや普通にパーティーだけかと思って…!きゅ、急に!?」
「急にってか、元々杏里ちゃんにはここに来てもらう予定だったでしょ。ちょっと時期が早まっただけだよ」
「き、聞いてない!ここ心の準備が…!」

あ、そういえば…ブラック会社を畳んだ後は俺たちのホームに来てもらうって、おそ松さんに言われてた…!
あれってほんとに一緒に住むって意味だったんだ。
で、でも私も心の準備が…!

「心の準備とか言ったってもうどうしようもないって。今回の騒ぎで杏里ちゃんの存在は他の組織にも広まっただろうし、ここにいてもらうのが一番安心でしょ」
「そ、それは、そうだけど」
「てわけで杏里ちゃんには申し訳ないけど、これはもう決定事項。ね」

押されぎみの一松さんとは対照的に、にっこりと笑うトド松さん。
…この組織のドンって本当はトド松さんなんじゃないのかな…
でもこれで、私が一松さんたちの家に案内された意味は分かった。
これからいよいよマフィアの監視下に置かれるってことだ。
今一松さんたちはとてもフレンドリーに接してくれているけれど、本当はそういう目的があるんだものね。
歓迎パーティーっていうのも普通の意味じゃなくて、私がマフィアの一員になる儀式があったりして…
そっか、これでとうとう私、普通の暮らしには戻れなくなるんだ。
やっと実感が追いついたようで、肌が少し冷える感覚がする。
私、上手く生きていけるのかな…色々と…
私の顔色が変わったのに気づいたらしいトド松さんが「大丈夫だよ」と優しい声を出す。

「杏里ちゃんのプライベートは守るようにするからね。ここ男ばっかだからなかなか慣れないかもだけど…ごめんね、そこは我慢して」
「は、はい…」
「あとは…一人まだ納得してない人がいるけど、まあ大丈夫でしょ杏里ちゃんなら」
「え、納得してないって」
「んー、ちょっと拗らせた奴がいるっていうか…ま、気にしなくていいよ。杏里ちゃん見たらそんな意地張れなくなると思う」

トド松さんはそう言うけど、ますます不安になってきた…!
そりゃあ私の登場をよく思ってないファミリーの人もいるよね…!
不安な気持ちを拭えないまま口にしたマカロンはちょっとだけしょっぱい味がした。



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