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ブラック会社。
私の勤める会社の名前だ。

社員は私を入れて二人。先輩社員のカラ松さん(事情があって名前で呼んでる)と事務員の私。
前までカラ松さんは仕事のほぼ全部を一人でこなしていて、いつ倒れてもおかしくないような状態だった。
それがこの間、社長が会社に来た時にダメ元で『カラ松さんの仕事量を調節してもらえませんか』とお願いしてみたら、受け入れてもらえた。
今はだいぶ仕事配分が見直されたみたいで、カラ松さんにも余裕が出てきている。
今朝もゆっくりとモーニングコーヒーを飲みながら、優雅に新聞を広げて読んでいる。それぐらいには元の自分を取り戻したみたい。

「フッ、世界は相変わらずだな…」

読み終わった新聞を折り畳んで、残りのコーヒーを流し込んだカラ松さんがカップを置く。
生気の戻ったカラ松さんは、舞台役者のような芝居がかった口調になった。元気な証拠ってことだよね。

「おかわり淹れましょうか?」
「ああ、よろしく頼む。もちろんそう…格調高いフレーバーを楽しめる、男のブラックでな」
「ふふふ、分かってます。砂糖入りのですよね」
「おっと、それはトップシークレットのはずだぜ杏里ちゃん」
「猫ちゃんには話してしまいました」
「何てこった…!」

そしてそんなカラ松さんとは、先輩と後輩の関係とはいえ軽口を叩き合えるほどの仲になった。
休憩時間には猫も交えてお喋りするのが楽しみの一つになっている。
カラ松さんのカップを手に、仕事場と直接繋がったミニキッチンへのドアを開ける。
前までミニキッチンやお手洗いには一度外廊下に出ないと行けなかった。
ところが、社長に「何か不便なところない?」と聞かれその話をしたところ、なんとオフィスの改装をしてくれたのだ。
どうやらこのビルは会社の持ち物だったみたいで、工事はすぐに行われた。
今は仕事場から直接ミニキッチンやお手洗いに行けるだけでなく、設備や備品も見直されてとっても明るくきれいな職場になった。
私専用の机も新しいのをもらえた。
しかも引き出しの鍵には猫のチャームが付いている。社長の計らいかなぁ。すごく嬉しい。
仕事場の隅には猫用スペースも出来た。
あの茶色の猫ちゃんのために、これも社長が用意したものだ。
今日も遊びに来た猫ちゃんはカラ松さんの机の上でひなたぼっこをした後、キャットタワーの真ん中でまた丸くなって寝ている。
忙しい社長は今までこの会社にあまり顔を出せてなかったようだけれど、社員の声をちゃんと聞いてくれたり、職場改善をすぐにしてくれたりととても立派な社長だと思う。
そうカラ松さんに言うと、「だからあいつがトップになったんだ」とどこか誇らしげな返事が返ってきた。
カラ松さんにとっても自慢の弟さんなんだろうなぁ。
優しい社長で本当に良かったって思う。
怒るとちょっと怖いけど…

さて、コーヒーを淹れ終えたら私は私の仕事をしなきゃ。
カラ松さんの仕事に余裕ができたとは言え、私はこれまで通りの仕事量だ。
本来ならカラ松さん一人でこなせるはずのものを私に割り振ってもらってるんだからちゃんとしないと。
自分用にも甘めのカフェオレを注いで机に戻る。
猫ちゃんはいつの間にかカラ松さんのパソコンのキーボードへ乗っていて、カラ松さんは恋人に語りかけるように移動をお願いしていた。
その様子が可愛かったのと、もうすっかり元気になったんだなぁと安心したのとで思わず笑ってしまう。

「…杏里ちゃん、笑ってないで助けてくれないか。キティはなかなか手強い相手のようだ」
「えへ、すみません。困ってるカラ松さんが珍しくて少し和みました」
「ンン…?フッ、そうか…困ってる俺も絵になる、ということだな…?」
「なるかボケ調子乗んな」

低い声が衝立の向こうからしたと思ったら、社長が顔を覗かせていた。
前回と同じ白いスーツと紫リボン付きの白いハットは汚れ一つない。さすが社長って感じがする。

「社長!おはようございます」
「………うん」

挨拶するとちらりとこっちを見て、頷きながら目線を下に落とした。
社長がシャイらしいというのは前回で分かっているから、気にせず話しかける。

「今日はお早いんですね」
「……ち…近くまで、来たから、たまたま…」
「お疲れ様です。今コーヒーをお淹れしますね」
「…ん……あ、おみやげ…」
「わあ、何ですかこれ?」

片手で取ったハットをくしゃりと握り締めながらそろそろと渡された、光沢のある黒い紙袋。
中には黒い箱が入っていた。箱の真ん中には有名洋菓子店のロゴと、小さな小さな造花のブーケが付いている。

「わぁ、素敵…!」
「ケーキ好きかと思って…小山、さん」
「はい、好きです!ありがとうございます」
「…好きなの選んで。休憩しよ」

少し口元を緩めた社長はカラ松さんの腕から猫を抱き上げソファーの端に座った。
「今業務が始まったばかりなんだが…」とカラ松さんが呟いたけど、社長の指示じゃしょうがないよね。やったー。

「一松、いいのかここに来て?今日のあれはどうした?」
「あ?おそ松兄さんに任せてきた」
「大丈夫なのかそれは…」
「金と休暇ちらつかせといたから大丈夫でしょ…それよりこないだ送ったやつ、どうなった?」
「ああ、あれは…その前に俺にももう一杯頼む」
「はい、少々お待ちを」
「ケーキもね」
「はい」

一旦ミニキッチンへ戻り、社長の分のコーヒーを注いで頂いたケーキの箱を開ける。
好きなの選んでって言ってたけど…わ、たくさんある!
タルト、ショートケーキ、チーズケーキ、ロールケーキにムースケーキ…宝石みたいにキラキラしたそれらには全部桃が入ってる。
この間桃が好きって言ったの覚えててもらってたのかな、もしかして。
どうしよう、選べないよ…!
というか『好きなの選んで』って言われたのを真に受けて、新人の私が一番先に選んじゃっていいのかな…?
うーん…やっぱり先に社長やカラ松さんに選んでもらおう。
箱を紙袋へ戻し、お皿とフォークと社長のカップをお盆へ乗せて仕事場へ戻ろうとすると、ノックをする前に会話が漏れ聞こえてきた。

「…だから、ここはもう要らねぇんだって…」
「…潰すか、…か…」

…いらないって、潰すって、ここの会社の話じゃないよね…!?
まさかね、だっていらない会社にわざわざ改装しないもんね?
仕事の重要な話なら交ぜてほしいとも思うけど、相変わらず業務内容の一部は教えてもらっていない私。
いい機会だし社長に聞いてみたら教えてもらえるかな。でも、「そんなことも知らないで入ってきたのか」ってあの時のカラ松さんみたいに怒られたらと思うとちょっと怖いな…
ううん、働いてるからには知っておかなきゃいけないよね!
よし、話に交ぜてもらえるか分からないけど突撃しよう。

「失礼します」

ノックをして入ると、二人は話し合いをふっと止めてしまった。
パートには聞かせられる話じゃなかったのかも。
会話の取っ掛かりがなくなってちょっとがっかりしながら、カップを置いた。

「コーヒーをお持ちしました」
「ああ、すまないな」
「…ありがと」
「それからケーキですが、社長からお選びください」

テーブルで箱を開きながら言うと「え…いいよ、好きなの選んで」と遠慮されてしまった。

「ですが…」
「毒とか入ってないし。多分」
「い、いえ、そういう心配はしておりません…!」
「フッ…じゃあ俺が選んでやろうか?」

カラ松さんが私たちの側へ来て、自分の机のへりに腰かける。

「あははっ、何でカラ松さんが選ぶんですか」
「遠慮するな、杏里ちゃんのも選んでやろう!この俺が!」
「もう、私だって自分で選べますっ。カラ松さんてば」

どういうわけか自信たっぷりにそう宣言するのでまた笑ってしまった。カラ松さんは面白い人だ。
だけど、社長の視線が険しくなったのに気づいて慌てて笑いを引っ込めた。
上下関係がなってない新人だと思われたかも。いつもの休憩時間のノリでお喋りしてたし…反省。
口をつぐんだ私に対し、カラ松さんは前髪をくるくると弄び始めた。

「フフン、俺のシックスセンスが告げている…一松にはこのピーチとベリーをあしらったゴージャスなタルトがいいんじゃあないか?なあ杏里ちゃん?」
「黙ってろボケ殺すぞ」
「俺のチョイスはお気に召さないと言うのか…!?」

わー!やっぱりお怒りだ…!こ、怖い…!
ものすごい眼光でカラ松さんを睨みつけた社長は、続いて私をじろりと見た。
緊張で体が固まる。
でも社長は困ったように目をきょろきょろさせた後、「…えっと」と口を開いた。

「じゃあ…せーので指さす?」
「…え、あ、ケーキですか?」
「……」

社長はこくりと頷いた。
な、なんだ、カラ松さんにだけ怒ってたのかな。理由は不明だけど…
それにしても『せーので指さす?』って提案が平和的で和んじゃうなぁ。
カラ松さんに向ける言葉とギャップがあってまたにやけちゃいそうになる。
「そうしましょう」と言うと、社長は私の開けた箱の中をちらりと見てすぐ「決めた」と呟いた。

「えっ!…少し待ってください、私まだ決められてなくて…!」
「ゆっくりでいいよ」
「フッ、俺はもう決め」
「聞いてねぇから」

のんびり猫を撫でる社長と寛いだ様子でコーヒーを飲むカラ松さんに挟まれて、私は大いに悩んだ。

「……お待たせしました、決めました」
「ん。じゃあ、せーの」

三本の人差し指が机に置かれた箱の中へ伸びる。
カラ松さんはロールケーキを指し、私と社長は偶然にも同じショートケーキを指していた。

「あ…」
「あ、かぶっちゃいましたね。社長どうぞ」
「い、いや、小山さんに…」
「いえ、社長に…」
「小山さんの為に買ってきたんだし」
「あ、ありがとうございます!でも…」
「フッ、似た者同士だな。食べ物の趣味が合う男女はパートナーとしての相性もいいらしいぞ」

社長の言葉にドキッとしていると、カラ松さんが茶化すように言う。

「…は?いやべ、別にそんな俺とパートナー…とか言われたって困るだけでしょ…」

社長は恥ずかしそうにもごもご呟いていた。
目上の人だけど、可愛くてちょっときゅんとする。

「そんなことないですよ!社長は素敵な方ですから」
「えっ」
「じゃあ私、こっちのタルトにしますね。社長はショートケーキをどうぞ」
「えっ…」

フルーツの乗ったふわふわのショートケーキは社長のお皿に、カラ松さんがおすすめしていたタルトは私のお皿へ取り分ける。
カラ松さんは既に手掴みでロールケーキを頬張っていた。
どうぞ、と社長へお皿を渡すと「…ありがとう」と何だか覇気のない声が返ってきた。気のせいかな。

「それじゃあ、いただきます」

サクリとフォークを落として一口。
有名店のものだけあってすっごくおいしい!桃がジューシーだ!
朝からこんないいものを食べられるなんて幸せ…なんて浸っていると、カラ松さんからの視線に気づく。
軽く首を傾げると、口の付けていない側のロールケーキをこちらに差し出してきた。ピンと来て一口かじらせてもらう。

「…ん!これもおいしいですね!ありがとうございますカラ松さん」
「フッ…ブラザーの言葉を危うく忘れるところだったぜ。このケーキは杏里ちゃんのためのもの、らしいからな」
「そんな、よかったですよ。カラ松さんもタルトいかがですか?」

お返しにとフォークで分けた一切れをカラ松さんへ差し出せば、「レディーの頼みは断れない性分だ」とまたキザなことを言って食べてくれる。

「これも美味いな」
「ですよね!」

私がそう返事するのと同時だった。
カキンという金属音がして何かがテーブルの上を転がった。
見ると、フォークの三股部分。
社長の手の中のフォークはただの金属棒になっていた。親指で押し折ったらしく、力の入った指が震えている。
おまけに社長の顔がものすごく怖くなっていた。
普段は少し眠そうな目を見開いて…ちょっと血走っている気がする。
びっくりして固まっていたらカラ松さんも気づいたみたいだ。

「どうした一松、ミスターフォークの首が取れてしまっているじゃないか」
「…てめぇもこいつと同じにしてやるよ…」
「ホワイ!?一松なぜだ!?さっきまでのマイルドなブラザーはどこへ!?」

フォークを捨てた社長はゆらりと立ち上がり、ジャケットの内側に手を差し入れた。カラ松さんが慌てだす。

「い、一松落ち着け!ここでそれはまずいだろう!」
「あァ…?」
「み…見ろ、杏里ちゃんも怖がっている!」

社長ははっと我に返ったように手を止めて、すとんと座り直した。

「……ごめん」
「い、いえ…」

うって変わってしゅんとうなだれた社長に何て声をかけたらいいか分からず、気まずい沈黙が流れる。
しかもこのタイミングでカラ松さんの携帯に電話がかかってきて、カラ松さんは席を外してしまった。
ソファーの端でこの上なく小さく体育座りをしている社長と、食べかけのケーキを持ったままの間抜けな姿の私。
き、気まずいな…スーツがシワになっちゃいますよなんて言えない空気。
それにしても、どうして社長は急に機嫌が悪くなったんだろう。
カラ松さんに怒ってたようだけど、今何かまずいことしてたかな…
考えてみれば、私とカラ松さんが親しげに喋ってたりするとあまり良くない顔をしてる気がする。
……もしかしてこの職場、恋愛禁止とか…?
だとすると、私とカラ松さんが仲良くしてるのを見て怒るのも当然かも。
そんな社内ルールがあるって聞いてないけど、パートは関係なくて社員のみのルールだったりして。それなら社長がカラ松さんだけに厳しくなるのも一応理屈は通る。
猫ちゃんがちょっかいをかけているのに無反応の社長へ、思いきって話しかけてみる。

「あの…社長?」
「…え」
「えーと…私とカラ松さん、仲がいいように見えるかもしれませんが、付き合ったりはしてなくて」
「…仲はいいんだ」
「あくまで先輩と後輩としてですよ」
「でも名前で呼び合ってる…」

社長が膝に顔を埋めた。

「それは、社長も松野さんですから、呼び分けのためです」
「…それだけ?」

あ、ちょっと顔を上げてくれた。

「はい、それだけです」
「……でも俺のことは名前呼びじゃないんだ…いやですよね名前で呼びたくないですよねこんなゴミと仲良さそうに見えるとか何の拷問って感じだもんね」
「ち、違いますよ!社長は一番偉い人なんですから、そんな気軽に名前で呼ぶなんて…」
「俺別に偉くないし。今の立場も押し付けられただけ…社長って呼ばれるのもしっくり来ないし」
「そうだったんですね…」

自分の今までの呼び方を思い出してちょっとへこんでいると、察されたのか「い、嫌ってわけじゃないけど」とフォローされた。

「…だから、別にそれ以外ならどう呼ばれようが…豚野郎とかでも全然構わないし」
「そ、それはちょっと…」
「……」
「……」
「…………クソ松を名前で呼んで俺だけ名前で呼ばないのは…ふ、不公平だと、思う」

相変わらず目線を下にずらして、一人言のように主張する社長…もとい一松さんは、小さな子供が静かにすねているようで可愛いと思った。
それに、私に向かってこんなにたくさん一松さんが喋ってくれたのは初めてじゃないかな。
今日のケーキも呼び方のことも、きっと新人の私と距離を縮めようと思ってしてくれたんだ。
本当にいい社長だなぁ。
一人身の私の胸にはじんとくる。

「…では、今日からは一松さんとお呼びします」
「……うん」
「一松さん」
「はい」
「えへへ、お呼びしただけです」
「………」

一松さんは猫ちゃんがおもちゃにしていたハットを無言で深々と被り直した。

「……あ、あの…良かったら…」
「はい」
「お…俺も、…な、名前で呼んでいい?」
「はい!もちろんです」
「………………杏里ちゃん」
「何ですか、一松さん」
「よ、呼んでみただけ…」
「ふふふ」
「…やられたからにはやり返さないとね」

ハットの陰で薄く笑った一松さんは体育座りを崩し、コーヒーカップを受け皿ごと取って一口飲んだ。
さっきまで子供みたいなんて思ってたのに、今の仕草は何だか大人っぽい。
不思議な人だなぁ一松さんって。
でも、ちょっと距離縮まったよね?
一松さんが仲良くしようって歩み寄ってくれてるんだし、これからは私からも頑張ってコミュニケーション取ろう!
そんなことを考えた日だった。



「あ…あと、もう一個」
「何でしょう」
「…お、俺とも、ケーキを、半分」
「ハッハァ!喜べ一松!グッドニュースだ!例の奴ら、チョロ松がやっと降参させ…ンン?どうしたブラザー」
「てめぇはマジで殺す」


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