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私は広間にいた。
重い空気が体にのしかかってくるのを感じながら、一松さんたちが窮屈そうに揃って座るソファーの後ろに佇んでいる。
対面しているのは、ついさっき猫パーティー中にやってきた見知らぬ女の子だ。
あの時の十四松さんの慌てようといい、マフィアのホームに平然と入って来れる様子といい…
そして今も、一松さんたちの向かい側で、彼女は長い座席を一人で独占している。
うつむき気味で緊張した様子の六人と、我が物顔で足を組んでいる彼女。力関係は明らかだ。
あの人は誰なんだろう?何の用事でここへ?
広間に呼び戻されてすぐ今の状態になったので、私はまだ何も知らされていない。
勝手な発言なんて許されないような雰囲気の中、誰かが口を開くのを内心焦りながらただ待っていた。

「…あ…と…トト子ちゃん、いつ留学から帰ってきたの…?」

沈黙を破って、おそ松さんが恐る恐る口を開いた。彼女にかなり気を使っているのが伝わってくる。

「昨日」
「へ、へえ〜!知らなかった〜!」
「知ってたら迎えに行ったのに!」
「ねー!」
「いらない」

にべもなく切り捨てた言葉におそ松さんたちが無言になる。
うわぁ、さらに良くない雰囲気だ…

「……あ…あのさぁ、トト子ちゃんのこと、忘れてたわけじゃないよ?俺らもファミリー継いでから色々忙しくて…」
「ふーん?トト子より大事な用事だったんだぁ?」
「そ、そういうわけじゃないけど!トト子ちゃんの自分探しの旅の邪魔しちゃいけないと思ってさ!」
「自分探しなんかしてないよ?自分探しを理由に海外でパーッと遊びたかっただけー」
「あ…そ、そうなんだ…」
「でもぉ、向こうの人ぜーんぜんトト子ちやほやしてくんないしー、つまんないから帰ってきちゃった。英語も全然わかんないしっ」
「まあ、トト子ちゃんに見合う男なんてそうそういるわけないしね」
「そうだよ〜!トト子ちゃんぐらいになると凡人には手が届かないんだよ」
「可愛すぎてむしろ高嶺の花って感じ?遠慮しちゃうよね〜」
「うんうん!」
「えへっ、やっぱり?そうだよねー!庶民はしょせん庶民なのよねー!」

あ、急にトト子さんの機嫌が良くなった。

「…って、みんな話そらしてない?何でトト子に襲名の挨拶がなかったの?しかもその子誰?私聞いてないんだけど」

…と思ったのもつかの間、畳み掛けるように言葉を続けたトト子さんは私をじろりと見た。
私の存在もトト子さんの機嫌が悪い原因のひとつだったんだ…!
一松さんたちよりも上の立場の方みたいだし、失礼があっちゃいけないのに…
伸びた背筋に嫌な汗が流れたのが分かった。

「あ…ああ!彼女は一松の秘書で、つい最近役職についたばかりなんだ」
「小山杏里と申します」

カラ松さんの紹介で丁寧に頭を下げる。

「こんな子いた?見たことないんだけど」
「実は杏里ちゃんの存在は、ファミリーの極秘事項でさ…」

おそ松さんが、私に以前渡した資料と同じ内容の説明を始めていく。
今以上に脅威となりかねない敵対組織を潰すため、大がかりな計画を立てているのを相手に悟られてはならない…ということで、海外にいたトト子さんに挨拶に行くなどの目立つ動きを控えていたことも、さりげなく説明に加えていた。
普段のおそ松さんは軽い雰囲気なのに、真剣な表情で言われると説得力がすごくある。ギャップ効果ってやつかなぁ。
でも私の出自も含めて、ほとんどが後からこじつけた話なんだよね…!
それなのに、最初からそのつもりだったかのように説得力を持たせられる話術の巧みさは、さすがおそ松さんだ。
私も見習わなきゃ。

「…ってわけでさ、トト子ちゃんを危険な目に遭わせるわけにもいかなかったし。ほんとごめん!」

おそ松さんと一緒に他の五人も頭を下げる。もちろん私ももう一度、深くお辞儀をした。

「……ふーん。そうなの」

トト子さんは変わらず不機嫌そうな顔で、それでも納得はしたみたいだった。

「そ。そゆことだから」
「そうだ、それよりトト子ちゃんはこれからどうするの?また弱井カンパニーの秘書に戻って、社長のお父さんのお手伝いするの?」

トド松さんが言った『弱井カンパニー』は、私でも聞いたことがあった。弱井家と言えば国内有数の資産家だ。
最初は町の小さな魚屋さんだったのが、社長の才によって他の業界でも数々の成功を収め、たった一代で莫大な富を築き上げたという…
ってことは、トト子さんは弱井カンパニーのお嬢様!?
はっとしてトド松さんを見ると、一瞬ウインクをされた。
トト子さんがどういう立場の人なのか、今の台詞で私に教えてくれたんだ。目でお礼を返した。
だけど、すごい人が目の前にいるって分かって余計緊張してきちゃった…!
トト子さんは私たちのやり取りには気づかず、人差し指をあごに当てて上を向いた。

「うーーん…それでもいいんだけどぉ、秘書もちょっと飽きてきちゃったんだよねー。アイドルでも目指そっかなー」
「いいんじゃない?トト子ちゃんならアイドルぐらいすぐなれるよ!」
「俺らも協力するしね」
「弱井カンパニーのいい宣伝になるよきっと!いや絶対!」
「さすが僕らの自慢の幼なじみだよ!ますます自慢になっちゃうなー!」

なるほど、トト子さんは皆さんの幼なじみでもあるんだ。
わいわいと六人に応援をされたトト子さんは満面の笑顔になった。

「宣伝とかは興味ないんだけどー。トト子ちやほやされたいだけだから。でもみんながそういうなら、やってみよっかなぁー!」

トト子さんは本音をストレートに出される方だ…
でも裏表がなくてきっぱりしていて、好ましい印象。
アイドルになると決めたらしいトト子さんは、パパに相談すると言って颯爽と帰っていった。機嫌はすっかり直ったみたい。
お見送りした後、広間に戻った皆さんは緊張がとけたのか、一斉に力が抜けていた。

「はぁ…何とかやり過ごしたね〜」

お兄さんたちに続いてソファーへ体を投げ出したトド松さんが声を上げた。

「急に来ちゃうんだもん、びっくりしたぁ」
「チョロ松お前、トト子ちゃんが帰ってきてたの聞いてなかったの?」
「聞いてないよ…向こうでも大慌てだってさ。一人で勝手に帰ってきちゃったらしい」
「ええー!?お付きの人も無しに?無茶するなぁ」
「フッ…しかし、いつものトト子ちゃんだったな…」
「いつものだったねー。自分を取り戻したんだね、よかったー」
「いや、元々見失ってはなかったでしょ…」

声は明るいけれど少しぐったりした様子の皆さんを労おうと、ドリンクの用意をする聖沢さんを手伝いにキッチンへ向かう。
その間に聖沢さんから、トト子さんの海外旅行中にマツノファミリーのドン交代が行われたこと、そのパーティーにはトト子さんを除く弱井家の人が出席していたことを聞いた。トト子さんにも一応、招待状は出されていたらしい。
ただ、その時はご両親からの連絡を話半分に聞いてたんだろう、今回の帰国を決めたついでに思い出したに違いない、とのことだった。
親同士はともかく、トト子さん自身は一松さんたちと仲がいいというより、自分の好きに利用することが多く、気分で対応が変わるみたい。
たしかに、わが道をゆくって感じの方だったなぁ…
ドリンクの用意が終わったので、六人のいる広間へ戻る。
飲み物の好みは六人とも違うから、ここは秘書として間違えるわけにはいかない。
順に飲み物を注いでいき、トド松さんの前に最後のカップを置いた。

「お待たせいたしました。どうぞ」
「ありがと。ごめんね、杏里ちゃんもいきなりでびっくりしたんじゃない?」
「いえ、それより私の対応に問題はありませんでしたか?」
「ん?大丈夫だったよ。煽るようなことしてなかったし」
「私がいて、あまり機嫌がよろしくなさそうに見えましたので…」

少し気になっていたことをこぼすと、「杏里ちゃんに怒ってたわけじゃないよ」とおそ松さんが言う。

「トト子ちゃんは昔からあんな感じ。ちょっと気分屋なとこあるかなー。ま、悪い子じゃないんだよねぇ」
「そうそう。小さい時から僕達のアイドルでね。なにせ超絶可愛かったから」
「ぼくらぜんぜん相手にされてないけど!」
「十四松兄さんそれ言っちゃダメ」
「アイドル…そうだったんですね」

トト子さんに頭が上がらない様子だったのも納得だ。昔からあんな関係だったんだろうな。
相手にされてないとは言うけれど、皆さんの表情を見ると、トト子さんを大事に思っているのが伝わってくる。
六人とも、トト子さんが好きなんだ。
そう思ったら胸の奥が小さくチクリとした気がした。
今の、何だろう…?

「……あ、猫パーティー…」

一松さんの呟きでパーティーが再開され、猫たちと遊んでいるうちにすぐに忘れてしまったけれど。



トト子さんの急な来訪から数日後。
この日は大きな予定はなく、一松さんの部屋で、チョロ松さんによる私のための勉強会が始まっていた。
こうした勉強会は時々開いてもらっていて、秘書としての知識を増やしていっている。
私の振る舞いが、ドンである一松さんやファミリー全体の評価にそのまま繋がることもある。この役目は責任重大だ。
ちなみに先代のドン、一松さんたちのお父さんは、秘書の役割を奥さんに任せていたらしい。つまり一松さんたちのお母さんで、ただの秘書でなくドンに近い権限を持っていたそう。
一松さんたちに代替わりする前はほとんど二人だけでファミリーを仕切ってたって言うから、そのくらいすごい人だったってことだよね。
私はまだ全然そこまでではないけれど、今の秘書は大したことないって思われないように頑張らなくちゃ。

「……とまあ、名前は何度か変わっているけど、それなりに歴史のある組織なんだ。一松は初代から数えて六十六代目に当たる」
「すごい…そんなに長く続いているんですね」
「仕事がら短命な人も多いから、数ヶ月で交代した代もあるし実際には…おい、一松」

長い講義に飽きたのか、一松さんは思い切りあくびをしていた。
一松さんは勉強する必要はないし興味もなさそうだったのだけど、なぜか私と一緒にチョロ松さんの話を聞いていたのだ。

「聞くなら真面目に聞けよ。この由緒正しきマツノファミリーの六十六代目であるという自覚を持って」
「話が長いんだよ…やろうと思えば十分で終わる話をよくそんなに喋れるよね」
「歴代の栄光と実績を説明するにはこれぐらい必要なんだよ。…ああ、でももうこんな時間か。じゃあこの辺で一度休憩にしようか。聖沢にお茶を持ってこさせるよ」
「私が行ってまいります」

チョロ松さんが腰を浮かせたので、それより早く立ち上がった。

「そう?じゃあ、よろしくね」
「はい。他に何かご用意いたしましょうか」
「僕は特に」
「俺も」
「かしこまりました。それでは一旦失礼いたします」

うん、何とか秘書らしい言葉使いもできるようになってきたんじゃないかな。
最初の頃は皆さんのフレンドリーさにつられてしまっていたけれど、秘書としてそれは良くないのでは、とくだけた言葉を使わないように最近気をつけている。
自分の成長にこっそり喜んでいると、一松さんが「あのさ」と口を開く。

「はい」
「あ…あの、前から言おうと、思ってたんだけど」
「はい…?」

一松さんが言いにくそうにしているので、私は緊張しつつ言葉を待った。

「何だよ一松」
「…いや、あの、別に大したことじゃないんだけど、ちょっと気になってたっていうか…」
「何でもおっしゃってください。私に何か至らない所が」
「いーちまーつくーん!」

あるのでしたら、と続ける前に、聞き覚えのある声がドアを開けて入ってきた。

「あー!チョロ松くんと秘書の子もいるー!」
「……と、トト子ちゃん?」

満面の笑みを浮かべたトト子さんだった。いつの間にか来ていたみたいだ。
突然すぎてとっさに対応できなかった。トト子さん、来る時はいつもこうなのかな…!?
一松さんたちはさすがに慣れているのか、驚いた様子からすぐに立ち直って、冷静に「どうしたの?」と聞いていた。

「ふふふ。あのね、私いいこと考えたんだー」

今日は本当にご機嫌なようで、スキップみたいに歩いてきたトト子さんは、おもむろに私の手を取った。

「ねーねー、トト子にこの子ちょうだい?」
「「「…え?」」」


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