二階の自分の部屋で漫画を読んでいたら、窓に何かがこつんと当たった。
小さな音だったので虫かなと思ったけど、外から「杏里ー」と声が聞こえたので窓際まで行く。
窓を開けると、下に自転車に乗ったおそ松がいた。
「よっ」
「どうしたのその自転車」
「借りてきた。やろうぜ青春」
おそ松に楽しそうに言われると、こっちまで楽しい気分になってくる。
ちょっと待ってて、と言って、カーディガンを羽織って外に出た。
「さっそく青春クラブの活動だね」
「あ、俺とが初めて?」
「うん、だって青春クラブの話したの昨日じゃん」
「あれからずっと考えててさー、まずこれだろ!って思って。で、ちょうどいい時間に迎えに来ました」
おそ松がハンドルにもたれた。得意げな顔をしている。
「ちょうどいい時間?どっか行くの?」
「目的地があるわけじゃなくて、これが大事なわけ。これが」
「自転車が…?」
「そーそー。ま、乗れよ」
おそ松が荷台を親指で指した。
なるほど。
「二人乗りか」
「あったり〜!時間もいい感じだろ。そろそろ学生も帰ってくるし、放課後っぽくね?」
「なるほどね。でも公道での二人乗りは法律違反になっちゃうんじゃ…」
「見つからなきゃいーの。てかそこら辺のスリルも含めて青春だろ?固いなぁ小山さんは」
高校時代、仲良くなり始めた時の呼び方で呼ばれてちょっと口元が緩む。
それを同意と見なしたのか、おそ松が「ほら」と後ろを促してきた。
「じゃあお邪魔します、松野くん」
「おー」
荷台に横乗りをすると、すぐ隣におそ松の背中がある。
初めて見る景色だ。
「おーし、行くぞー」
「ふふふ、お願いします」
おそ松がペダルを踏み込んで、景色が横に流れていった。
「うわ重っ!二人分の重みってこんななの!?」
「こっちも結構怖いよ、これ荷台に掴まればいいの?」
「え?俺の背中だろ?」
「それカップルがやることじゃない?」
「杏里、今青春クラブ中ってこと忘れてない?ただの二人乗りじゃ青春っぽくなんねーだろ」
「それもそっか」
じゃあ、とおそ松の背中に体を寄せて軽く腰に手を回した。こっちの方が安定するな。
誰かの後ろに乗せてもらったのなんて初めてだから何か変な感じだ。
住宅地を抜けてどこに行くのかと思ったら川沿いの道だった。辺りに人はあまりいない。
傾いた陽が少し眩しくて、おそ松の背中に隠れた。
かたかたと自転車が揺れる音と、下校の鐘の音と、じんわりとオレンジ色に染まっていく景色。
「制服着てれば完璧だったかもね」
おそ松に話しかけると、「うん」と短い返事だけが返ってきた。
そういえば、川沿いに出る前からだんだん口数が減っていた気がする。
「もしかしておそ松疲れた?」
「え、いや」
「交代する?」
「いや…もうちょっと」
「そう?」
何となく二人乗りが心地よくなってきたところだったので、口を閉じてこの時間を楽しむことにした。
自分で思いついといてなんだけど、青春ごっこめっちゃいい。
みんなと一緒に高校を卒業して数年経った今も、こういうことができる友達がいるっていうのが幸せだ。
しばらく川沿いを走り続けて辺りが薄暗くなった頃、見覚えのある物が見えてきた。
「あ、チビ太のおでん屋だ」
赤く灯った光が空の色と相まって情緒的だ。
「ね、せっかくだからおでん食べてこ」
「あー、だなー」
何か上の空っぽいな。
と思ったら、おでん屋にたどり着く前に自転車が止まった。
「どうしたの?やっぱり疲れた?」
「…や、そうじゃないけどさぁ」
少し振り向いたおそ松の顔は、どことなく赤い気がした。
「やっぱ、ずっとくっつかれてると照れる…」
そう言って笑ったおそ松に、ちょっとだけきゅんとしてしまった。
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