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赤ずきんちゃん


昔々あるところに、杏里という女の子がいました。
ある日杏里はお母さんに頼まれて、病気で寝ているお婆さんのところにお見舞いに行くことになりました。

「杏里ちゃんごめんね、一人だけで行かせることになっちゃうけど」
「ううん、いいよ。トド…お母さん忙しいもんね」
「それじゃこれ持ってってくれる?」

お母さんが渡したバスケットの中には、エッグベネディクトに野菜スティックとバーニャカウダ、野菜と果物のスムージーが入っていました。

「わぁ、野菜たっぷりだね」
「ビタミン摂らないとねっ」

お母さんはあざとくウインクをしました。

「あ、それとこれをかぶっていって」
「なあにこれ?」
「お母さんが昔着てた物だよ」

渡されたのは、ピンクのリボンの付いた赤いずきんでした。

「どうしてこれを?」
「森の中で迷ってもすぐに見つけてもらえるようにね」

お婆さんの家は深い森の奥にあります。
暗い森でも、真っ赤なずきんなら目立つことでしょう。

「そっか、ありがとう。じゃあこれを着ていくね」

杏里は真っ赤なずきんを頭にかぶりました。
落ち着いた深い緑色のワンピースとフリルのついた白いエプロンに、ずきんはよく似合っていました。

「うん、パーフェクトだよ杏里ちゃん」
「ありがとう。それじゃあ行ってきます」

杏里はお母さんに手を振って家を出ました。
お婆さんの家へは、家の前の道をまっすぐ行って、森の中に入らなくてはいけません。
杏里が森の中に入ると、温かな木漏れ日が差しこんできました。
小鳥の可愛らしい声も聞こえてきます。
杏里は鼻唄を歌いながら歩いていきました。

「あれ?赤ずきんだ!」

ふいに、横から声が聞こえました。
杏里がびっくりして見ると、四本足でこちらに歩いてくる犬がいました。
リード付きの首輪をしていますが、他には誰もいません。どこかから逃げてきてしまったのでしょうか。

「犬…?」
「ううん、オオカミだよ!」
「オオカミさんなの?」
「そーだよ!ぼく十四松!」
「こんにちは、十四松くん」
「オオカミさんでいいよ!」
「じゃあ、オオカミさん」
「赤ずきんちゃん何してたのー?」
「今からお婆さんのお見舞いに行くの」
「そーなんだ!ぼくも行っていい?」
「うん、いいよ。一緒に行こう」

杏里がそう言うと、オオカミはリードを杏里に差し出しました。

「じゃあこれ持って!」
「…え、私が持つの?」
「うん!」
「い、犬の散歩みたいだね…」
「オオカミだよ!」

杏里とオオカミは、並んでお婆さんの家に向かいました。
今日はとてもいい天気。散歩日和です。

「あ!ねー赤ずきんちゃん見て見て!」
「なあに?」

オオカミが急に立ち止まって、何かを指さしました。
杏里が見ると、そこにはきれいなお花畑が広がっていました。

「野球していこーよ!」
「…え、野球?」
「ボールとバット、どっちがいい?」
「でも私、お婆さんのお見舞いに行かなくちゃいけないの。生ものばかりだから、早く行かなくちゃ」
「えー!そーなのー?」

オオカミはがっかりしたようでした。

「ごめんね、今からは無理だけどまた今度やろうね」
「うん!約束ね!」

杏里とオオカミはまた歩きだしました。

「歩きだしましたじゃねーよ!ゴラァ!十四松!」

急に後ろから大きな声がしたので、杏里とオオカミはびっくりして立ち止まりました。
振り返ると、誰かが走ってきています。

「あ、チョロ松兄さん!」
「チョロ松…兄さん?」

しかし、それは十四松と同じオオカミではなく猟師でした。

「はぁっ…はぁっ…お前、どこ行ってんだよ…!」
「あの、大丈夫ですか…?」
「へっ!?あ、あああの、き、君は…?」
「私は」
「赤ずきんちゃんだよ!これからお婆さんのお見舞いに行くんだって!」

オオカミがそう言うと、猟師は目を丸くしました。

「えっ、一人で?この先は森の奥だよ」
「うん、でも何度も来てるから大丈夫」
「チョロ松兄さんも一緒に行こうよ!」
「そ、そうだね、女の子一人じゃ心配だから…」

猟師も付いてきてくれることになりました。
三人はお婆さんの家へ向かいます。

「ところで、二人は森で何をしてたの?」
「僕は見ての通り猟師だから、猟をしていたんだよ。この猟犬と一緒にね」
「えっ、オオカミじゃなかったの?十四松くん」
「オオカミだよ!」
「違う!お前は猟犬だ!」
「えーっそーなのーっ!?」
「オオカミに首輪とリード付けるわけないだろ!」
「がっかり…」

オオカミ…ではなく猟犬が落ち込んでしまったので、杏里はなぐさめながら歩きました。

「全く…お前はオオカミを狩る側なんだから」
「じゃあ二人とも、この森にオオカミを狩りに来てたんだね」
「そうだよ。残念ながらまだ発見できてないけど…人をだます悪いオオカミだから君も気を付けてね」
「うん」
「ところで、君のお婆さんは病気なの?」
「そうなの。詳しくは知らないんだけど、お母さんがそう言ったから」

そんなことを話しているうちに、三人はお婆さんの家に着きました。
家に入ると、お婆さんはベッドに寝ていました。

「こんにちは、お婆さん。お加減はいかがですか?」
「フッ…よく来たな赤ずきんガール…」
「予想してた病気と違うな…」

猟師のつぶやきを無視して、お婆さんはベッドから起き上がりました。

「おい!何でお前バスローブ着てんだ!」
「似合う…だろ?」
「そういう問題じゃねぇよ!」
「お婆さん、病気は大丈夫?」
「フッ…案ずるな、俺は平気だ……しかし…!」
「しかし?」

お婆さんは足を組み、顔の前に片手をかざしました。
指の間から茶色の瞳が見えます。

「俺の近くに来てはいけない!俺は触れるものを皆傷付けるギルトガイ…だからこうして、森の奥深くで静寂と孤独に身を委ねている」
「赤ずきんちゃん、これはどうやら治らない病気のようだよ」
「カラ松兄さん不治の病なの!?」
「ああ…俺はそういう運命の下に生まれついてしまった…何という皮肉だろう、俺はこんなにも皆を愛しているのに…!」
「お婆さん、これを食べて元気を出してね」

杏里はバスケットを渡しました。

「野菜ばかりだな…」
「早く良くなるように、お母さんの手作りだよ」
「女子力高っ!…いや、お母さんなんだから普通か」
「欲を言えばもう少し肉が欲しかったが…フッ、しかしありがたく頂こう。センキューカラ松ガール…」

お婆さんはまずエッグベネディクトを食べ始めました。

「食べづらい…」
「いいなーぼくも食べていい?」
「フッ、いいとも…さあロザーナ、このレタスをやろう」
「十四松だよ!」

バスケットの中は一瞬で空っぽになりました。

「さて、用事は終わったことだし、帰るぞ十四松」
「はーい」
「私もそろそろ帰ろうかな。それじゃあねお婆さん、また明日ね」

ベッドの上でワイングラスを片手に持ったお婆さんに見送られて、三人は家を出ました。
杏里と猟師と猟犬は、森の入り口のところで別れることになりました。

「それじゃ赤ずきんちゃん、気を付けてね。オオカミがまだその辺をうろついているかもしれないから」
「もし出会ったら卍固めだよ!」
「私、卍固めのやり方知らない…」

猟師と猟犬と別れて家に帰ろうとした時、杏里は大変なことに気が付きました。

「いけない、お婆さんのところにバスケットを忘れてきちゃった…!」

バスケットがないと、明日お見舞いに行く時にご飯を持っていってあげることができません。
杏里は来た道を戻ることにしました。
猟犬が野球をしようと言ったお花畑を通り過ぎようとした時、また横から声が聞こえました。

「あれー?女の子が一人でどこ行くの?」

そこにいたのは、さっきの猟犬と似ているようで少し違う犬でした。
この犬は二本足で立っていて、犬らしいところといえば耳と尻尾があるぐらい。

「あなたも猟犬なの?」
「何りょーけんって?違う違う!俺オオカミだから」
「オオカミ…!」

それでは、これが猟師の言っていた悪いオオカミなのでしょうか。
杏里はちょっとだけ後ずさりをしました。

「え、ちょっと待ってよ何で逃げんの?」
「だって、この森には悪いオオカミがいるって聞いたから」
「あーそういうこと…いるんだよねー、見た目で人を判断する奴が。そういう奴は絶対クソバカでクソダサでクソ童貞だね。間違いない」

言っていることはよく分かりませんでしたが、明るく人懐っこい様子を見て、悪いオオカミじゃなさそうだと杏里は思いました。

「そうなんだね、ごめんね間違えちゃって」
「いーよいーよ!んで、今からどっか行くの?」
「お婆さんの家にバスケットを取りに戻る途中なの」
「ふーん…それって明日じゃだめなの?」

オオカミが探るような目をして聞いてきました。

「うん、明日またお見舞いに行くからバスケットがないと困るんだ」
「なるほどね、じゃあ今日中ならいつでもいいってことじゃん!遊ぼうぜ!」
「え…でも、早く帰ってお母さんのお手伝いをしなきゃ」
「真面目だなーそういう子こそたまにはぱーっとハメ倒…じゃなかった、ハメ外さなきゃ!」
「うーん…」

それでも杏里が迷っているので、オオカミは作戦を変えることにしました。

「そうだ、君のお婆さんってさ、花好きだったりしない?」
「うん、時々私にもバラをくれるよ」
「マジかよいってててて…じゃああそこの花畑で花摘んでこーぜ。お婆さんも喜ぶと思うけどなー」

杏里はいい考えだと思いました。

「そうだね、お婆さん家から出れないみたいだし、お花を持っていってあげれば喜ぶかも」
「そんな悪い病気なの?」
「触れるものをみんな傷付けるから、静寂と孤独に身を委ねてるんだって」
「いったたたたたあ゛ぁっ!?」

ボキリと音がしてオオカミがうずくまりました。

「オオカミさん大丈夫!?」
「痛い…肋骨折れた…」
「どうしよう…!お医者さん行く?」
「ううん大丈夫…俺、帰るね…」
「う、うん…気を付けてね」

オオカミはよろよろしながら、森の奥に消えました。

「大丈夫かなぁ…」

杏里はオオカミのことが心配でしたが、とにかくお婆さんのためにお花を摘んでいくことにしました。



一方その頃オオカミは。

「俺演技うめぇわ…」

肋骨が折れたふりをして、杏里より先にお婆さんの家に向かっていました。
オオカミは最初から、お婆さんになりすまして杏里と遊ぼうと思っていたのです。
森の奥深く、お婆さんの家に着いたオオカミは、そっとドアを開けました。

「あれ?誰もいねーじゃん」

家の中にお婆さんはいませんでした。

「あいつ自ら触れるものみな傷付けに行ったの?いてぇマジいてぇ」

オオカミはベッドに潜り込みました。
尻尾は布団の中に隠しましたが、耳は隠しようがないのでそのままにしておきました。オオカミはいつも適当に生きているのです。
しばらくすると、杏里がお婆さんを訪ねてやってきました。

「お婆さん、これさっき摘んできたの。花瓶に飾っておくね」

杏里はベッドのそばのテーブルに、花を飾りました。

「あとね、私さっきバスケットを忘れてきちゃったの。だから取りに戻ってきたんだ」
「まーまー座りなよ。もうちょっとお喋りしよ?」

杏里は何か変だなと思いながら、ベッドのそばの椅子に座りました。
その時に気付いたのです。

「あれ?お婆さん、どうして耳が」
「違う違う違う違う。口見て口」
「え、口?口はあまり変わらないような気が…」
「くーち!口からがいいのー!はい!ほら!」
「えっと…わ、分かった。お婆さんの口はどうしてそんなに大きいの?」

杏里が言うやいなや、オオカミは杏里の体をがっしりと捕まえました。

「わ…」
「それはね、お前を…食べるため」

オオカミが言い終わらないうちに、部屋に銃声が響きわたりました。
杏里は驚いて目をつぶりました。
それからゆっくりと目を開けると…

「きゃ…!お婆さん!お婆さん!」

杏里にもたれかかって、オオカミが息も絶え絶えになっていました。
頭を撃たれたのか、血が出ています。

「お婆さん!しっかりして!」
「うぅ…杏里ちゃんいい匂いがする…」
「離れろけだものが」

声がしたと同時に、杏里の体からオオカミが引き離されました。

「あっちょっ今いいとこ」
「赤ずきんちゃん、こいつお婆さんじゃないよ」
「えっ…?」

杏里は驚いて、声の主を見ました。
見た目はさっき会った猟師に似ていましたが、どことなく雰囲気が違うような気がしました。

「あなたは誰?」
「猟師」
「あなたも猟師さんなんだね」
「うん。でこいつはオオカミ」

猟師が掛け布団をはぐと、オオカミの大きな尻尾が見えました。

「あっ、もしかしてさっきの…!?」
「そう、当たりー」
「オオカミさんだったんだね、肋骨は大丈夫?」
「ぜんぜんだいじょーぶ、赤ずきんちゃんは優しいねぇ」

オオカミはへらへら笑っていますが、猟師の顔つきは厳しくなっていきました。

「で、婆さんは?」
「は?」
「婆さんどこやった?」
「そういえば…本物のお婆さんはどこ?」

さっき杏里が猟師と猟犬とこの家を訪れてから、そんなに時間は経っていないはずです。
杏里は心配そうに部屋の中を見回しました。

「知らねーよ、俺来た時は誰もいなかったもん」
「嘘つくんじゃねぇ」

猟師は不安そうな杏里の前に立ち、銃口をオオカミに向けました。

「いや、ほんとに知らないんだって!」
「あ?人ん家勝手に入っといて知らねぇも何もねぇよなぁ?」

猟師は完全に悪者口調になりました。
オオカミは怯えています。

「違う!俺じゃない!違うってぇ!」
「あーお前か、最近人騙してるっていう悪いオオカミってのは…」
「ちーがーうー!違うの!そりゃ不法侵入したのは悪かったけど、俺赤ずきんちゃんと遊びたかっただけなの!ほんとに!」
「遊ぶのにベッドに寝る必要ある?」
「いやそりゃベッドの上で一緒に寝る遊びだか」

再び銃声が鳴り響き、オオカミはベッドから落ちて床に倒れてしまいました。

「赤ずきんちゃん、早くここから離れよう」
「え、でも、お婆さんは…」
「たぶんこいつに食われたんだよ。残念だけど、もう遅い」
「そんな…」

泣きそうな顔をしている杏里の肩に、猟師は手をかけようかどうしようか挙動不審になりながら迷っていました。
でも、どうにか震える手で杏里に触ることができました。
そして、どうやってなぐさめようか、しばらく考えました。

「…あ…あの……猫好き?」
「…猫?うん、好きだよ」
「…あの…み、見に来る…?」
「え?」
「最近、野良が子猫生んで…」
「子猫!?わー!見たいなぁ!」

猟師は杏里の可愛い笑顔に崩れ落ちそうになりましたが、やっとの思いで耐えました。

「じゃあ行こう」
「うん。…あ、でも、オオカミさん…」
「いいよ放っといて。悪い奴だし」

猟師は杏里を連れてドアの方へ向かいました。

「…クソ…俺じゃないのに…!」

床に倒れたオオカミは、最後の力を振り絞って顔を上げました。
そこで、見てしまったのです。
ベッドの下に、猿ぐつわを噛まされた上にぐるぐる巻きに縛られているお婆さんの姿を。

「…っ!」

オオカミの声にならない悲鳴が聞こえたのか、杏里を先に外に出した猟師がゆっくりと振り返りました。
薄れゆく意識の中で、オオカミは、猟師の腰から自分と同じ大きな尻尾が生えているのを見たのでした。
めでたしめでたし。


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