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全力疾走してきたのか、息苦しそうな一松くんに掴まれた手が熱い。
眼鏡の猫ちゃんも、一松くんのことを心配そうに見てる。
一松くん、この子を追いかけてきたのかな。外に出しちゃまずいっておそ松くん言ってたもんね。
一松くんが落ち着いたらこの子を返さなきゃ。

「…大丈夫?」
「………ん………うん……」
「ベンチ座る?」
「………うん…」

手をそっと離して、猫を抱いたままベンチに座り直した。一松くんも隣に座る。
気まずいな…何を話せばいいんだろう。
多分、この子と話してたのは聞かれてただろうし。
もう一回ここではっきりフラれるのかな。
それとも何もなかったように猫ちゃんだけ受け取って帰るとか…
泣き腫らした目が痛くて手の甲で軽く押さえたら、一松くんが「あ…」とかすれた声を上げた。
ちらりと目をやったら、こっちを見てる一松くん。
メイクがぐちゃぐちゃだったことを思い出して、恥ずかしくなって目をそらした。

「…ごめん、今、顔が…あの…」
「……………ごめん」
「え…」

どうしてだか一松くんが泣きそうな顔してる。

「……えっと…猫ちゃん、返すね」

戸惑って猫ちゃんの話題に変えてしまった。
一松くんに渡すと、にゃあと鳴いて居心地が良さそうに収まった。
一松くんも猫ちゃんを大事そうに抱え直している。
それきり無言の時間になってしまった。
…帰ろうかな。たぶんもう、用事は終わっただろうし。

「…私…おそ松くんに頼まれてその猫ちゃん見てたの。それだけだから…その、帰るね」

そう言って立ち上がった時、

『行かないで』

また猫ちゃんが喋った。
一松くんはちょっとびっくりしてるみたいだった。
喋るってこと知らなかったのかな。それにしては驚き方が控えめな気もするけど…
手を伸ばして一松くんの腕の中の猫ちゃんを撫でた。

「ありがとう。またどこかで会えたらいいね」
「……違う…」
「え?」
「…あ……えっと……」

一松くんが何か言いたそうにしてたので続く言葉を待った。

「……こいつ、エスパーニャンコって言って…人の心が読める、猫」
「え…そうなの?すごい…!」
『すごい!』
「あ、これ…私の心の声ってこと?」
「…うん。近くにいる人間の心の声を喋る」
「わぁ、すごいね君!」

…え?ちょっと待って。
てことは、さっき一松くんたちの家でこの子が喋ったことって…!!

「わーーー…っ!!」

は、恥ずかしすぎる…!
私、一松くんに心の声をそのまま聞かれてたってことだよね…だよね…!?
顔を伏せてしゃがみこんだ。
もうやだ…未練がましさが全面に出てるじゃん…!

「わ、わ、忘れて…!ごめん…!」
「え、…な、何で…やだ」

予想に反して焦ったような一松くんの声。
しかもやだって言われた。どういうこと…?
私の気持ち、迷惑だったんじゃないのかな…
恐る恐る一松くんを見たら、私をじっと見てたらしい目線をぱっと外した。すごく視線があちこちにさまよってる。
私もどうしていいか分からなくなってベンチに座り直した。
…さっきの『行かないで』って、一松くんの心の声ってことなのかな。
私、まだここにいてもいいのかな。
少なくとも嫌われてはないのかもしれない。そうだったらいいな。

「……ごめん…俺、勘違い、してて…」

小さな声が耳に届いて、隣を見る。
一松くんは視線を下に向けて、猫ちゃん…エスパーニャンコを抱きしめた。

「勘違いって…?」
「……杏里ちゃんは…トド松が好きなんだと思ってて」
「えっ…トド松くん?」

トド松くんとも仲はいいつもりだけど、どっちかと言うと春香との方が仲いいと思うんだけど…
首をかしげると、「いや、何となく…」と一松くんが呟いた。

「だから…話聞いた時、トド松との仲を邪魔しちゃ悪いと思って…杏里ちゃん、俺とばっかり遊びに行ってたから」

ぼそぼそと続く台詞で、「そんなつもりで一緒にいたんじゃない」という言葉の意味が分かりかけてきた。
そういえば、あの時一松くんの名前は出してなかった気がする。
一松くんなりに気を遣ってくれてたんだ、きっと。

「あの時何て言ったらいいのか分からなくて…すげぇ嫌な奴みたいになっちゃったけど」
「…ううん。分かったからもういいの」
『もっと罵ってくれていいのに』
「ちょっ」

一松くんが猫の口を手でふさいだ。

「罵る…?」
「いや違っそういうあれじゃないから!だから、あの……」

急に慌てだしたのが可愛いなと思って、笑いそうになって抑えた。

「…何で責めないの」
「どうして?」
「……俺ひどいこと言ったし…友達も、やめるとか…」
「でも、誤解だったってことが分かったからいいの」

ね、とエスパーニャンコちゃんに問いかけると、肯定してくれるみたいににゃあと鳴いた。
ちょっとだけ、二人の間の雰囲気が和んだみたいで嬉しい。
また友達としてでも側にいさせてもらえるかな。

「あの、もし良かったら…また友達に戻ってくれたら、」
『友達じゃ嫌だ』

うう、この子の前じゃ嘘つけないんだ…!
恥ずかしさでいっぱいになると同時に、ものすごい早さで猫ちゃんの口がまたふさがれた。

「え…」

目の前には、もごもごとたくさん言いたげな猫ちゃんと、それを必死に押さえつけてる一松くん。
今の、私だけの心の声じゃない…?
一松くんから目を離せなくて思わずずっと見つめてしまう。
そんな私の視線に気付いた一松くんの目が泳ぎ出した。すごく落ち着かなさそう。

「あ…あの……今のって」

勇気を振り絞って切り出した。
どういう意味なのか知りたい。
私と同じ意味なら。
勘違いじゃないのなら。

「…………」

相変わらずこっちは見ない一松くんの口が開いたり閉じたりしてる。
猫ちゃんはだんだん静かになっていって、私と同じように一松くんの様子をうかがっている。

「……俺、ただのニートだし」
「うん」
「根暗だし」
「ん?」
「猫しか友達いなかったし」
「そうなんだ」
「コミュ障だし」
「そうかな」
「…別に、イケメンでもないし」
「そんなことないけど…」
「………それ本気で言ってんの」
「うん」
「…やっぱ杏里ちゃんってどうしようもないぐらいの変人だよ」

口角が少し上がった、ちょっと意地悪そうな顔。
いつもの一松くんだ。心が跳ねたのを隠して返事をした。

「そうなのかな」
「うん。…でも………」

一松くんが押し黙った瞬間、また猫ちゃんがごにょごにょと何か言いたそうにした。

「ばっ…自分で言うっつの……!」

猫ちゃんは今どんな言葉を言おうとしたんだろう。
知りたいけど、直接一松くんから聞ける気がする。
たぶん、これからはずっと。



「…………………俺も、杏里ちゃんじゃなきゃやだ」



またぽろぽろとこぼれだした私の涙に一松くんがものすごく焦っていた。
しばらくあたふたした後に「全員集合!」と叫んだので何だろうと思ったら、数秒も経たない内にたくさんの猫に取り囲まれていた。

「お前ら早く癒してきて…!ねえこれほんとどうしたらいいの」

慌てながら猫たちに相談してる姿が面白くて泣きながら笑ったら、ちょっと安心した顔になって笑ってくれた。







ぼんやりと立ってる俺の足に猫が擦り寄ってくる。俺のこと覚えてんのか。
こいつに会うのも久しぶりだ。杏里ちゃんの授業が終わるまで構ってやってた奴。今やすっかり大物ボスになっているらしい。
腹を撫でてやってる時はボスなんて貫禄どっかに行っちゃってるけど。
大学から鐘の音が聞こえる。そろそろ杏里ちゃんが出てくる時間だ。楽しみだろ、お前も。俺も楽しみだよ。だってもう俺の、か……か……か………

「うわーっ人から火が出てるー!」

通りすがりの小学生達が叫びながら足早に去っていった。危ない危ない。理性で火を消した。
コンビニ脇の暗がりでただ猫を構うだけの無害な人間を装っていたら、しばらくして杏里ちゃんが友達に囲まれて出てくるのが視界の端に映った。
前に会ったことがある人と全然知らない人とが混ざっている中で、杏里ちゃんが一際光って見える。
でも気付かない振りをして猫に構い続けた。にやにやしながら校門見つめてたりなんかしたら国家権力によって大学に近付くことすら許されなくなるに違いない。

「あ、一松くんだ!」

雑踏のざわめきの中でも杏里ちゃんの声ははっきり聞き分けられる。なんか今すっげー嬉しそうな声に聞こえたけどこれがフィルターってやつ?
杏里ちゃんが友達にそれじゃあね、と言ってこっちに向かってくる気配がした。
呼吸を整えておいた方がいい気がする。今日は一世一代の告白まがいをしてから初めて会う日で正直どういう風にしてればいいか分からない。
もうただの片想いしてた友達とは違うし、俺もう杏里ちゃんのか……か……あれだよ、か………

「わー!一松くん何か燃えてるよ!」

杏里ちゃんが来たので気合いで消した。

「あ、あれ?今一松くんから火が出てるような気がしたんだけど…」
「陽炎じゃない」
「そうなのかなぁ、神様みたいだったよ」
「神様?」
「うん、ほら、背中に炎を背負ってる神様とかいない?」
「あー、不動明王とか?」
「うん、それそれ」
「………」
「………」

会話が続かなくなった。
前より関係悪化してんじゃねぇのこれ大丈夫?
いや俺が何か言えばいいのか?か…かれ……し…的なことを?何も思い付かねぇよ。リア充への道は遠い。
困って杏里ちゃんをちらっとだけ見たら、杏里ちゃんも同じタイミングで俺を見てふにゃりと表情が崩れた。

「えへへ…」

今誰か俺の体内で爆竹何十本か鳴らした?
宇宙が生まれるレベルの衝撃だったけどよく表に出なかったと思う。

「この後どうしよっか。どっか行きたいとこある?」
「あー…久しぶりに虎見に来る?」
「あ!行きたい行きたい!」
「んじゃ決まり」

コンビニの陰から二人で出てきたら、校門の前でたむろっていたらしい杏里ちゃんの友達が「杏里ばいばーい!」と声を上げた。

「また明日ー!」

杏里ちゃんが手を振る方に少しだけ顔を向けたら、春香ちゃんが「一松くんもばいばーい!」と言ったので思い切り挙動不審になった。
とりあえず頭を下げておいた。他の人からも名前を呼ばれてばいばいとか言われたんだけど杏里ちゃん俺のこと何て話してんだろ…
その時気付いたことがあった。団体の中の一人の男があまり好ましくなさそうな視線を俺に向けている。なんか前見たことあんな。
もしかしてあなたも杏里ちゃんのこと狙ってたとかですか。

「一松くん、今度の土曜空いてる?」
「杏里ちゃんって時々俺がニートってこと忘れてるよね」
「忘れてないけど、一応だよ」
「それはそれでなんかむかつく」
「ふふふ」
「それで?」
「あのね、行きたいとこがあって…かっ、カップル限定のね、イベントやってる猫カフェがあって…」
「…いいよ」
「ほんと?ありがとう…えへへ」

今の見てました?残念でした。杏里ちゃんにこんな顔させれんの、多分俺だけだよ。クズが調子乗ってんなって言われそうだな。どうでもいいけど。
それより今はどのタイミングで後ろの五人のクソ松を撒くかだ。小声で実況すんな。最初から全部聞こえてるから死ね。
いつでも逃げれるようにとしか考えず杏里ちゃんの手を取ったら真っ赤になって握り返してくれた。
もう松共もどうでもいい。杏里ちゃんのことだけ考えよう。その方がずっと有意義。


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