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スパリゾートでちょっとだけ変わった私を見せるという目的は、たぶん半分くらいは成功したと思う。
あれから日は経つけど、さっきあったことみたいに鮮明に覚えてる。
可愛いって言ってもらえたし、結構二人で遊ぶ時間が多くて本当にデートみたいだった…!
いつも二人だけで遊ぶことが多いけど、今回は本物のカップルみたいに過ごせたなぁ…なんて。
ただトト子ちゃんとは昔からこういう時間をたくさん過ごしてるだろうから、まだまだ及ばないけど…
次は一松くんとどこ行こうかな。
バイトとジムの用意をしながら考えを巡らせる。
今日はバイトを早く上がらせてもらう予定だから、その後でジムに通うつもり。
ちょっと体をしぼるつもりで通い始めたけど、何だか楽しくなってきちゃって今も続けている。
そういえばトド松くんは朝ランニングしてるって言ってたけど、自主的に運動できるってすごいな。
私はまずジムに入会でもしないとここまで続けてこれなかっただろうし。
バイト先の制服とジムでの運動着をバッグに詰めて家を出た。
えっと…バイトが終わるのが五時で大体二時間はジムにいるだろうから、帰ってくる頃には八時くらいかな。夜ご飯いつ食べよう。

なんて悠長に考えていたけど、今日は予想に反してかなりお客さんが多く、店長からバイトの延長を頼まれてしまった。

「ごめんね、予定があったら帰ってくれていいから」

とは言われたものの、他のバイトメンバーも今日はいないし、私がいないとお店が回らないかもしれないと思ったので引き受けた。
予定って言ってもジムに行くだけだし、バイト代少し多めにもらえるみたいだし、損じゃないよね。
結局閉店間近までお客さんは途切れることがなく、私が店を出た時には八時を回っていた。

「ありがとう杏里ちゃん、助かったよ」
「いえ、ほんと今日はお客さん多かったですね」
「たまにこういう日があるんだよね。後の片付けはやっとくからもう帰っていいよ」
「ありがとうございます、それじゃお疲れ様です」

夜ご飯はまかないで補えたからいいとして、ジムはどうしようかな。
って、しまった、今日行かないと今月の元が取れなかったんだ…!
週一コースとはいえ、学生にとっては一回でもサボるとかなり損した気分になる、そんなお値段。
ジム通いを習慣づけるために、自分を追い込もうと思って選択したプランだったけど…
しょうがない、今から行って三十分だけでもやって帰ろう。
ここからジムまでは歩いて二十分くらいだから、九時過ぎには帰れるはず。あんまり遅くならないうちに帰らなきゃ。


ジムに着くと、知り合いのお姉さんが出てくるところだった。

「杏里ちゃん久しぶり!今から?」
「お久しぶりです。少しだけ運動して帰ろうかと」
「そっかそっか。あんまり遅くならないようにね?まあ、今の時間ならまだ人も多いけど」

また彼氏さんが迎えに来ていたらしく、二人で私に手を振って帰っていった。いいなぁ。
スパリゾートで告白できてたら、今頃私も一松くんが迎えに来てくれてたかな。
いやいや、ジムは私が行きたくて行ってるんだし、そんなとこにまで付き合わせちゃ悪いよね。
…と、いうか、告白しても彼氏になってくれるとは限らないし。
あーだめだ、またネガティブになってきちゃった。早く運動して忘れよう!


余計なことを考えないよう運動に没頭してしまって、ジムを出たのは十時前だった。
やり過ぎちゃったな。でも充分元は取れたからね、これで!
ジムでシャワーも浴びたし、後は帰って寝るだけ。
ジムの前の大通りを一人、足早に歩く。
久しぶりにこの時間にここ歩くな。車は多いけど、人通りはあまりない。
ビルが立ち並ぶ通りだけど、飲食店がほとんどないんだよね。
だから帰りに何か食べたくなるっていう誘惑がない。それも、私がこのジムを選んだ理由の一つ。
まあ、帰りに商店街も通るから意味がないといえばないんだけど…
交差点を渡って裏通りに入る。ビルの裏手だからさらに人がいなくなる。
ここを通り過ぎればいつもの商店街だ。

…。

ちょっとだけ、さっきから気になってたことがあった。
ジムを出た時から誰かが後ろを付いてきている気がしてた。
気のせいかと思ったけど…
勇気を出して、何気ない感じを装って振り返ってみる。
黒い服装で顔もはっきりと分からないぐらいの距離だけど、人がいる。
携帯をいじっているみたいだけど、何だろう、なんか、違和感がある。
でもこれぐらいのことで人を疑うのは良くないかな。お姉さんから話を聞いていたし、過敏になってるのかも。同じ方向に行く人かもしれないし…
気を取り直して再び歩き出す。
距離を少しずつ縮めてきている気がするのも、私の思い込みなのかな。
こういう経験、今までになかったからちょっと怖い。

…あ。おそ松くんが言ってたっけ。
何かあったら一松くんに、って。
でもこんなことで電話してもいいのかな。ただの私の勘違いかもしれないのに…
いや、電話してみよう。出なければそれでいいし、出てくれても普通にお話してればいいんだ。
それに電話をかける姿を見てあっちが警戒するかもしれないしね。
スマホを取り出して一松くんに繋ぐ。
すぐ出てくれるな、一松くんって。

『杏里ちゃん?どうしたの』
「ごめんね、夜遅くに」

少し声を大きくして話す。
後ろの人にも聞こえるように。

「何でもないんだけどね、今どうしてるかなって」
『さっきまで銭湯行ってたとこ。今は猫の下僕』
「あはは、猫の毛付いちゃうよ」
『本望だし。杏里ちゃんは?』
「私は…ジムの帰り」
『一人?』
「うん」
『今どこ?』
「え?…商店街に出る裏道だけど」
『まさか誰かにつけられてるとか言わないよね?』
「…う……いや、違…わない、かも…」
『図星かよ。この時間に大した用もないのに電話してくるなんておかしいと思った』
「私、今までこんなことしなかったっけ…」
『寝てたら悪いとか言ってメールだったでしょいつも。周りに交番ある?ないよねあそこら辺。とりあえず明るい店でも探して入ってて』
「え、うん、でも勘違い」
『すぐ行く』
「かも………切れちゃった」

思ってもいない早い展開に、しばらくぽかんとしていた。
一松くん、察しがいいんだな…
って、来てくれるの?私の思い過ごしかもしれないのに。
嬉しいのと申し訳ないのとで心拍数が上がってきている。
電話してる向こうで物音してたし、本当に今から外出てきてくれるつもりなんだ…や、優しいなぁ…!
あ…後ろの人、聞いてたかな。
振り返らずに裏道を抜けて商店街の入り口に立った時、また後ろを確認してみた。
誰もいなかった。
えー!私の勘違いだったんじゃないのやっぱり…!
あああ、一松くんに本当に申し訳ないよ…はぁ。
昼間と違って閑散としている商店街を歩く。
とりあえず、一松くんに言われた通りあそこのコンビニでも入ろう。それで一松くんにもう一回連絡しなきゃ。
「いらっしゃいませ」と店員さんの眠そうな声が、私以外誰もいない店内に空しく響く。
万が一追ってこられていても外からは見つからないように、コンビニのトイレに入って一松くんにもう一度電話をかけた。
繋がらない。急いでこっちに向かってくれてるのかな…うう、申し訳なさすぎて恥ずかしい…
恐る恐るトイレの外に出てみる。
あ、店員さん奥に引っ込んじゃったみたい。お客さん、私しかいないもんね。
相変わらず外にも人影はなし。
一松くんから折り返し連絡が来るかもしれないから、スマホを持ったまま奥の飲み物のコーナーの前をうろうろする。
あーもう、一松くんに何て謝ろう…
こんなことで焦って電話したりして恥ずかしいな、もう大人なのに。
一松くんがコンビニ来たら何かおごってあげよう。
ココナッツ味好きって言ってたっけ。あ、タピオカドリンク売ってる!これ買おうっと。
店員さんに奥から出てきてもらって会計をする。
スマホにはまだ、着信はない。
もしかしてスマホ家に置いてきてるとかかな。どうやって私を見つけるつもりなんだろう。
コンビニの外で待ってようかな。
私が出ると、「ありがとうございました」とまた気怠い声がして、店員さんは奥に入っていった。

商店街にも人は通っていない。
お店も私のバイト先を含むほぼ全てが閉まっていて、街灯の青白い光が道をうっすらと照らしている。
コンビニ前が一番明るいし、ここにいよう。
一松くんからの連絡はまだなし、と。
しばらくスマホをいじった後、ふとコンビニのガラス窓に貼ってあるポスターが目に留まった。
少しかがんで文字を追う。
橋本にゃーちゃんライブやるんだ!チョロ松くんは行くのかなぁ。
一松くんも注目してるみたいだけど、一緒にライブ行ったりするのかな。
それにしても、やっぱりアイドルだから可愛いよね。目も大きいし小顔だし。
一松くんこういう顔の子がタイプだったりするのかな。
うーん、にゃーちゃんと窓に映る私の顔とじゃ当然全く違う……

思わず息を飲んだ。

窓にうっすらと映る私の後ろに、誰かが立っていた。

一瞬で体が冷えた。
嘘でしょ。
いつの間に。
だって私、ちょっと目を離しただけだったのに。

怖くて目線を足元に落とした。
この事態が、現実じゃないみたいに思える。

一松くんじゃない。
絶対にただの通りすがりの人でもない。
普通の知らない人同士だったら、こんなに体を近付けたりしてこない。
もう、すぐ体が触れ合うぐらいに、その人は私の背後にいた。

目だけを店内に走らせた。
店員さんはいない。
店に入らなきゃ。
助けを呼ばなきゃ。
そう思うのに、体が動かない。
声も出せない。

すぐ後ろで、呼吸の音と、何かをまさぐっている音がする。

ただ知らない人に近付かれただけなのに、こんなに怖いだなんて知らなかった。
一歩も動けない。
それに、もし動いて何かされたら?
お姉さんの言葉が甦る。

「後つけられるだけじゃ済まないかも」

ガラス窓との間に挟まれて、行動は制限されている。
逃げ場なんてない気がした。
どうしよう。
どうしよう。
呼吸が、できない。

腰に何かが当たる感触がする。
指だ。
そのまま下に、ゆっくりおりてくる。

嫌だ。
されるがままになんてなりたくない。
逃げなきゃ、いけないのに。

誰か。


全く言うことを聞いてくれない私の体は、急に肩を掴まれて横へ引き寄せられた。
突然のことで心臓が止まりそうになる。
とうとう乱暴されるのかと思って、反射的に目を閉じた。
誰かの腕が、しっかりと私の体に回っている。
多分今、抱き寄せられたんだ。
あの人の仲間?
でも、抱きしめられているだけで何も…


「何か用?」


頭上から低い声が聞こえる。

さっきまで、耳元で聞いていた。


震えながら目をゆっくりと開けた。

私の視界いっぱいに広がるのは、紫の。


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