夢として去れ
ジャン誕生日SS







「なぁ、ここ最近よく夢を見るんだ」
「へぇぇ〜」
「CR5の奴らとの夢」

俺の言葉を全く興味がないといったように猫の首元を撫でていたバクシーは、CR5という単語にほんのわずか眉根をピクリとさせ、猫をひと撫でするとベッドに寝そべったいた横に腰を落とす。

「へぇぇーん、『元仲間』の夢ねぇ」

バクシーはなにか考えているのか、口角を吊り上げて俺にどんな夢なのか詳しく話してみろと野良猫が餌を狙うような鋭い目つきで語りかけてきた。

今日もまた見た。
俺はCR5の幹部の一人としてアイツらの中にいて、アイツらは俺を大切な家族の一人だと言う。ある日、それは、俺がこの世界に生まれ落ちた日、CR5揃って俺の誕生日会なんてものを開いてくれた。バラがいくつも刺さった花束も、ウエディングケーキのようなデカイケーキも、高級料理がズラリと並べられたデイバンホテルのようなご馳走もない。こじんまりとしたバーを貸し切って、高級品に小煩い俺より年上のアイツらが厳選したウィスキーやカクテルを頼み、乾杯して、結局それを片手にしみったれた世の中の話を愚痴を交えてした、誕生日会なんて到底言えないような、そこいらのオッサン達が仕事の疲れを癒す呑み会のようなものだった。それでも俺はその中で笑っていて、アイツらも笑っていて、酒の独特な匂いと、古くさったバーの雰囲気は居心地が良くて安心出来た。最後の締めに、アイツらになにか言われると俺は泣いていて、でろんでろんに酔っているせいだと言い訳している。なにをアイツらに言われたのかは分からない。そこだけ夢の中で映像がノイズして、目が覚めても覚えていないし思い出せない。俺が泣く理由も見当たらなくて、分からないまま何度も同じ夢を繰り返す。目が覚めては枕に白いシミを作り、乾いた水滴が頬を汚して。

「アイツら、なんて言ったんだと思う?」

バクシーに嘲笑される覚悟で聞いてみた。

「アイツらに対してエンエン泣く理由なんかねえのになぁ、なんでだと思うよ?」
「ヒッ‥ヒャァァァァーハァァ!!」

爆弾が爆発したような爆音が小さな部屋に響き渡る。もちろんそれはバクシーの甲高い笑い声であるが。ほらやっぱり、と俺は軽く溜め息をついて側にあったクッションをバカ笑いをしているバクシーに投げつけたが、それを見もせずに軽く受け止めたアイツはクッションをベッドに叩き付けて涙目になりながら爆弾を投下させ続ける。

「最高だなぁぁぁぁ!!ハハーッハハハハ!!」
「そんな笑うとこかよ、うぜえな」
「‥‥ハハッ!ヒャハッ‥はぁぁおかしいぜ!腹筋がしぼんだぁ!」
「‥‥‥」
「ハッ、元仲間のことがそーんなに忘れられないってかぁ?」

俺の肩がピクリと動く。

『忘れられない』

忘れられないもなにも、俺は3年くらいスパイとしてCR5にいたわけで、伊達に潜入していたわけではないし、アイツらとも発覚して脱走するまでそれなりに付き合ってきた。忘れたくても、忘れられない。3年間にはなにかはわからないが大きな荷物が俺の背中にある。今も、それは全部残ったまま。

「どういう意味だよ」

でも、俺は、CR5の幹部ではなくGDの幹部だ。それはCR5にいた時から変わらない運命のはずだ。

「アイツらとの素敵であまぁいあまぁ〜い思い出が忘れられないんだろ金髪わんわんちゅわんはヨォ?」
「んだよそれ」

声のトーンが自分にも分かるくらい低い。否定することができなくて、何も言い返せないことは、肯定だというサインだった。

俺は捨てられない

アイツらと素敵で甘い思い出を作ったわけではない。むしろ毎日がスリリングだった。スパイとしとの立場など関係なく死の境地に立たされたこともある。でも、それも含めて今まで手に入れることができなかったものをアイツらはくれたのだ。
ただ、それだけ、だけど、俺は、それを手にしてそれを知った時―――――――

「知るかよ、んなの‥」
「あぁ‥‥知らねえなぁ」

すると突然身体に重圧を感じ、視界いっぱいにバクシーの顔が広がった。何事かと思い身動きをとろうとすると、両手首を掴まれ、俺の上に跨がるように、腹の上にバクシーの股間があたったのが分かった。

「‥はぁ!?重てぇよ、どけ」
「やぁぁだネ」
「‥んちょ、おわっ!?」

次は何をするかと思えば蛇のように長い舌で目の周りを舐め回した。眼球も舐められるんじゃないかと危機を感じた俺は瞼をキツク閉じ、コイツに抵抗しても煽るだけなのでとりあえず事が済むのを待つ。

「色気が微塵もねぇ声だなぁ」

と言いながら、腹にあたるブツは俺にも分かるくらい硬くなっていてわざと押し当てているように思えた。

「だからぁ、なんなんだよ!こんな時に盛ってんな変態っ!!あぁ、そうだよ、忘れられないさ!!お前が忘れさせてやろうってか?はっ、お前にチンコしゃぶられて善がって、好きなだけイかせてやるって言われても嬉しくねえし、少なくともお前とのセックスなんかで忘れたくなんかねえわ。鎖骨のマークのようにそう簡単に消えねぇさ、お前にだって消せねぇよ!!」
「ふぅぅーん」
「んだよホント‥!バカにすんならしていいし、イーサンの親父にチクりたきゃチクりゃいい‥もう構うな‥いい加減どけよ」
「話をしたのはお前だろ?」
「‥‥‥‥っ」

確かに夢の話をして、CR5を完全に心から抹消出来ていないことをほのめかしたのも俺自身だ。

「そ、それは‥‥話したかったんだよう…」
「なぁんで?」
「忘れたくないからっつてんでしょ」
「ヒャーハッハハ、まぁそれもあるだろーが、根本は違うな」
「‥‥は?」

バクシーは俺の心を見透かしたような目で見た。

「知りたいんだよなぁぁ、ジャン」
「‥‥‥‥」
「夢じゃなかったって知りたいんだろ。待ってるんだろ?期待してんだろ?明日はお前の誕生日だもんなぁ」
「‥‥‥」

言葉が何も出なかった。それはバクシーの言ってることが俺の奥底に眠る核心を突っついたからだ。ただ突っついた痛みと緊張で俺は目を見開いて見つめることしかできなかった。
「ハッ!!残念ながら、バクシー様にゃぁ理解できねぇぁ!」
俺を見る瞳が俺ではなくどこか遠くを映しているように見えた。

「俺は知らねぇからなぁ」
「どういう‥」
「か弱い乙女みてぇな思考回路をこのバクシー様は持ちえていないってわぁぁぁけっ!」
「は?」
「アイツらの心が温かかったのぉ〜?本当の家族みたいに誕生日を祝ってくれたのぉ〜?生きてきた中でアイツらと過ごした三年間はスリリングでセックスよりも極上の快楽だった?これが幸せ?だ?だぁ?とぉぉんだ茶番劇だなぁ」
「おまっ‥」
「エンエン泣いちゃったジャン。優しさと温もりを手に入れたジャン。幸せが忘れられないジャン、かわいそうになぁぁ」

「今度はそいつらに銃口を向けるんだぜぇぇ、お前はそういう身なりだろぉ?茶番劇は悲劇に変わるってかハハーッハハ!!」
「‥‥‥っざけんな‥」

やっと絞り出した言葉は情けない一言で、俺はただのダメダメな本当にか弱い乙女だった。

「あーらら、またこんなに泣いちゃって」

ここで初めて温かい水滴が頬をくすぐる感触がした。そういえばバクシーも若干霞んでみえる。

「そんなぁに哀しいなら、俺が慰めてあげよおおか?親切でやっさすぃ〜バクシー様は知らない方が幸せだって最初っから言ってたのによお」
「‥‥‥‥‥‥はんっ、本当はお前だって、そんなこと感じたことねえから羨ましいんだろ。あんなネコにすがりつきやがって、動物でおままごとするガキみてえ」
「ヒャハ!ああ‥‥カワイソウだなぁ‥ジャンも俺も‥ハハーッ!」
「否定しないのかよ」
「まあ、俺はお前が欲しいもんはやれねぇけどなぁぁ、カワイソウなもん同士でイイコトはたあーくさん共有させてやるぜ?なあ、ジャン」
「!んっ‥う‥」
ガブリと噛み付かれるようにキスをされる。
「‥‥ん‥は‥、気持ちわ‥‥んん‥」
もう一度唇を深く塞がれると、バクシーの長い下が俺の小さな舌に絡みつく。不器用に荒々しく舌を弄ぶと、唇を吸って離す。

「ジャン、愛してる」
「!」


至極声のトーンを落として、ゆっくり、一言、バクシーは言葉を放った。

バクシーが発した一言で、奴らの声が微かに聞こえた。
ノイズの音から微かに聞こえてくる奴らの声。
その言葉は、俺を惑わせる そして最高に欲しかった愛の言葉

(ああ‥‥そっか‥)
「はっ‥」
「分かったようだなああ‥‥で、おまえは」

そんなの決まってる

「NO」

これが、正しい答え。
期待して、明日を待ってしまった俺への自覚と罰。

戻れないことも、戻りえないことも俺は最初から知っている。
夢の中で戻り得ない場所を求めてしまっていることも。
ずっと忘れられないでいることも。
それに自らで背を向けなければならないことも。

0時の鐘がなる。

俺は、もう今日という日の夢を見ることはなくなった。







(夢として去れ)
20101010
・・・・・・・・・・・・
最後詰まった気がする。あとバクシーは口調が難しいのです‥‥‥‥もう!でもバクシー大好きです‥‥!バクジャン大好き‥‥!!
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