泣いておかえり





俺はさっきからそわそわしていた。まるで子供がトイレを我慢しているかのように、机の下でモジモジ足を動かしていた。ペンを握る手は薄く汗をかいていて書類に走らせる筆跡が少しぶれていた。

(……らしくねえ…)

カポになった今でも俺には色々なことに対する覚悟が出来ていなかった。今回もそう。シカゴで単独交渉へ行ったベルナルドの帰りをこうしてヤキヤキしながら待っているのだ。

「失礼します」

扉の向こうから俺の部下がやって来た。

「カポ・デルモンテ、オルトラー二幹部が只今戻って参りました」

俺は部下の言葉に走らせるペンを止めて思い切り立つと、扉へ向かって走り出す。するとベルナルドが部下を二人引き連れて俺の執務室の前まで来ていた。ベルナルドの姿を確認すると部下がいるのも構わずベルナルドに抱き着いた。

「ん、…ジャ、ジャン!?」

腰に手を回し服に鼻を押し付ける。ベルナルドの匂いと香水が混ざった匂いだった。

「……ジャン…?」
「…すまねえ、ベルナルド」
「…うん、分かったから、…すまないちょっと席を外してくれ。少しカポと話をしたら執務室へ戻る」

ベルナルドは俺を引きはがして、部下全員に下がるように言う。俺は罰が悪かったが、頭はベルナルドの帰還でいっぱいだった。俺の執務室が静寂に包まれる。ベルナルドをチラッと見上げると眼鏡の奥から優しい眼差しがあった。

「…悪い、カポらしくなくて」
「心配してくれたんだろうハニー?」
「なっ……そりゃぁ!…、あんな所に一人で行かせちまって…俺だけ安全な場所でのうのうとしてて…俺はもうカポだから…お前らのカポなのに…」
「ジャン」
「弱いし、ダメだし…覚悟ないし…はは…ホントに…うっ」
服を掴んで、手を震わせて、俺は本当に弱いんだと思った。するとベルナルドは俺の唇に指を押し当てて言葉をせき止めた。

「それは違う」
「………」
「ジャンがいるから、こうやってジャンのところへ帰って来れるんだよ。弱かったらとっくにジャンの元にはいられないさ」
「……ベルナ………っんぅ」

気付いた時にはベルナルドの濡れた唇が降り注いだ。

「それに、ジャンがそうやって可愛くヤキヤキしていてくれてこっちは嬉しいよ」
「……っん、おま…ここ」
「誘ったのはジャンだよ?」
「……っ…んんぅ…」

再び噛み付くようなキスが降り注ぎ、久しぶりの感触に身体全体が痺れた。

「……心配してくれてありがとハニー」
「……はっ…は…こ、この」

濃厚なキスに身体の力が抜けてベルナルドに寄り掛かる。ベルナルドは優しく背中をさすってくれた。俺が泣いていたから。
「ただいま、ジャン」

ベルナルドの腕の中でただいまの声を聞くのは、やっぱり安心した。

顔をあげ真っすぐベルナルドを見据えて俺も。ちょっと涙で歪んだ顔で精一杯笑って。



「おかえりベルナルド」





(泣いておかえり)
20100524
・・・・・・・・・・・
去年書いてそのまま放置になっていたやつです。なんだこの甘さ‥!
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