日常歩行 #2ホワイトデー







新宿某マンション




「今日は、ホワイトデーだ」
「は?」
「波江、知らないの?」
「知ってるわよ。私も手作りでもして誠二にあげたい…。いや、バレンタインの日に直接渡せなかったから、配達で送ったの。誠二からのお返しが欲しいわ……」
恍惚とした表情で、弟の誠二の顔を思い浮かべる。
「そうそう、そうなんだよ」
「え?」
臨也はハァとため息を吐くと、窓の外を見て言う。
「シズちゃんにさぁー、あげたんだ」
「…男が男にあげるなんて…」
「波江だって、ただの姉としてのチョコレートじゃないだろ」
「まぁね、私のたくさんの愛を込めたわよ」
「…似たようなもんだ、波江のと一緒にはされたくないけど」
「私も一緒にされたくなんかないわ。それにしても、あなたがそんなことするの初耳だわ。それに平和島静雄にチョコ渡すなんて、そんな人居るのかしら」
「意外にいると思うよ。怪力バカでも顔はまぁまぁ良いからね」
「ふーん、そう」
臨也は静雄を誉めているのかいないのかよく分からないが、波江はさして興味なさげに聞く。
「…で、だ」
「…で?」
「お返しくれると思う?」
「なんで私に聞くの」
「波江以外に誰に聞くんだ」
波江は、はぁぁ…と溜め息をつきこの雇い主を呆れた目で見る。
「直接聞けばいいじゃない」
「君と同じ直接会うなんて無理でしょ」
「じゃあ、あなたどうやってチョコレート渡したのよ」
尤もな疑問であった。
「そういえば、シズちゃんの家の郵便物入れに入れといた」
「むしろあなた達、どういう関係なの?」
臨也は視線を波江から逸らすと、コーヒーを口にする。
「友達以上、恋人未満て言えばいいかな」
「ふーん…、なら別にさり気なく会いに行けばいいじゃない。私と違って誰かから追われる身でもないし」
「直接会ったら、あの怪力バカと喧嘩だよ」
「だから平和島静雄に気付かれないようにさり気なく会いに行って、お返しくれそうか観察しなさい」
「……なるほど、でもストーカーみたいだな」
「でなきゃ私みたいに待ちなさい」
「俺が待てると思う?」
「………………無理ね」
臨也はジャケットを羽織ると、波江の言うとおりに「静雄がお返しくれるかを観察」しに陽がでた早春の匂いを漂わせた池袋の街へと繰り出して行った。
(臨也もバカな人ね。むしろ友達以上、恋人未満なのに会ったら殺し合いって笑えないわ)

池袋某所 路地裏



「トムさん、例の野郎はまだっすか…?」
「ん、あぁ。ここで待機してもう3時間か」
「こんな真っ昼間っから来るんですかね…」
「さぁな。でも仕事だから、まぁ、待つしかねぇ」


静雄はトムと呼ばれた上司と共に、テレクラの取り立てをしている。今日はその仕事らしく、真っ昼間から路地裏でその相手を待ち伏せしていた。


池袋某所 路地裏 とある屋上

「見つけた」
こうも早く見つかるなんて。まぁ情報屋らしく情報を使わせてもらったけど。
(仕事中かな)
屋上から静雄と静雄の上司が見える。出会い系サイトの借金の取り立て相手を待っているようだ。
(それにしても、あの上司。ずいぶんシズちゃんの扱い方に慣れてるみたいだけど、なんだか胸くそ悪いな)
(トムさんだっけ。まぁトムでもハムでもいいや)
「………!」
「どうした、静雄」
「………いや、なんかどっかから忌々しい空気を感じるんすよ」
「忌々しい空気?なんだそりゃ」
「……あのノミ蟲が放つ憎たらしく忌々しい空気っす」
「ノミ蟲…?あぁ、…」
トムはそれ以上言わなかった。言ったら静雄はキレるだろうと確信しているからだ。
「あー、早く終わらないっすかね」
「そうだな、…この後なんかあんのか?」
「………あるって言えばあるんすけど…無くてもいいっす」
「…どういう…あ、もしかして女か?今日は、よく考えてみりゃあホワイトデーだろ」
「……ええ…」
「お前貰ってそうだもんな」
「そんなことないっすよ」
「静雄には本命っていんのか」
「どうっすかね…、まぁ、本命って言えるか分かんねえけど、一番…一番はいます…多分」
「なんで多分なんだよ」
(お、おんな…本命)
シズちゃんとその上司の会話は臨也に丸聞こえである。
やっぱりたくさん貰ってるじゃないか!俺は、誰からも、波江にすら貰えなかったのに。ていうか、女の所行くの?シズちゃんに女なんて、いたの…?好きな人いたの?本命てなんなの?シズちゃんは、俺のことどう思ってるの?
(いちよ、恋人未満だけど、いちよ、友達以上。互いに忌々しいから会えないけど、)
「…っ、」
(こうやってむしゃくしゃするんだ)
「昔から俺の想い人は厄介な野郎だからよ…」
「あん?」
「…いや、なんでもないっす」
静雄とトムは、長い時間、相手を待った。臨也はそれをじっと見つめていた。


数時間後 午後
池袋某所 路地裏

「やっと来ましたね」
「あぁ、ホントだぜ」
あれからずっと静雄とトムは待ち、やっと取り立て相手が現れたのは午後をとうに過ぎたことだった。
「これで今日は終わりっすか?」
「ん、あぁ、まぁな」
「じゃあ、今日は帰ります」
「あぁ、…大変そうだな」
「えぇ…それじゃお疲れ様っす!」
「あ、トムさん!これ」
「?」
静雄は何処からか小さなキャンディ缶を出す。
「一応、いつものお礼っす。溶けてねぇといいんですけど…」
「あ、あぁ…どーも…」
トムは若干焦りながらも、そのキャンディ缶を受け取る。
「それじゃ、お疲れ様っす」
静雄は、足早に去っていった。
「………男が男にやる行事でもあるのか?」
トムは手に持ったキャンディ缶を眺め苦笑しながら呟いた。一方、臨也は、この光景を見て、しばらくその場で放心状態だったのは言うまでもない。やっと取り立て相手が来て、シズちゃんの仕事が終わったと思えば……あの忌々しい彼はなにをしたか。
あの上司にチョコじゃないまでも、ホワイトデーらしきことをしている!
(あの上司、まさかシズちゃんにバレンタインあげたんじゃないだろうな)
本気で殺意が芽生えるよ。今度シズちゃんの前で何かしてやろうか。警察にパクられれば、少し懲りるかな。
(むしろ、シズちゃん)
(女はおろか、男にまで…)
(ちょっと調子に乗りすぎじゃないの。)
(バレンタインって言うのは、本命だけにあげてこそバレンタインなんだ。まぁ、いるんだろうけどさ。アイツには、バレンタインとホワイトデーの心ってもんが分かってないよ)
ブツブツ心の叫びは続き、ショックと怒りでその場で放心状態になり数時間。
臨也は静雄を当然のごとく見失って、池袋をさまよっていた。辺りは夕焼けが綺麗な空に変わっていた。


数時間後―――――

臨也は放心状態から回復すると、何をしていたのか、どうしてここにいるのか、そして自分がシズちゃんを見失っていることに気づいた。
「くそっ、どこにいるんだ」
適当に池袋を歩いてればシズちゃんに会える。午前中の路地裏と同じように。しかし今はまるでダメだった。会う気配が微塵もしなかったのだ。
「…………あぁ、もうすぐ日が落ちる
周りには、たくさんのカップルが仲良く歩いている。休日でホワイトデー、どこのカップルも外出デートなのだろう。
臨也は立ち止まって目を細めて空を見ると、ビルの隙間から光が漏れて、オレンジ色が眩しい。それを見て、臨也はフッと歩き出す。
「家、行く」
臨也は思わず走ると、息を切ら全力疾走する。頭の中には家にいく!とだけで余計なことなど一切なく、気付けば静雄の家のドアの前まで来た。
「来てしまったよ…」
ハァハァと荒い息を整えて、ここで初めてあれこれ考え始める。
(…いるのかな)
いない確率の方が高い。だってたくさんの女にお返しするなら、わざわざ届けに行って、あぁ見えてシズちゃん結構マメだし律義だから返しに相手のところ行くよね。告白されてたら、返事とかもするんだろうし、場合によっては…つ、付き合う、とかあるんだろうし。
「ぁぁあ!ホント、胸くそ悪い!」
(やっぱり、もう諦め……)
「…おい、」
「あああ、とうとう全てが忌々しい存在になってしまうのか…」
「おい手前ぇ!」
(おい手前ぇ……………?)
(俺に、おい手前ぇなんて言うの)
「シ、シズちゃん!!!」
臨也は目の前に静雄がいてビックリした。
「人ん家の前でうるせーんだよ。忌々しい存在って、んだよ」
「…なっ」
「腑抜けな顔しやがって…殴る気…は失せねぇな」
静雄は、ギロリと臨也を睨みつけ拳を握り締める。
「……女、は」
「は?女なんていねぇよ…」
「バレンタイン貰ったんでしょ?」
「はぁ?もらったけど、変に誤解されるから返さねえよ」
「あ、…そう」
(あれ?俺、あの時なに聞いていたんだ?本命いるんじゃなかったっけ。あぁ、もう返したのか?それより、自分へのお返しはあるの…、…………なんて聞いてコイツに変なところ見せたくない。けど、お返し欲しいし。ここに来た自分が悪いんだけど。無意識だったというか。意識して来たなんて認めたくない…なんの為に観察していたんだろ…もうワケが分からない)
静雄は一人で考え込む臨也を怪訝そうに見つめ、溜め息をつくと、家の中に戻っていった。
「臨也」
「…ん、あぁ…なんだい、シズちゃん」
静雄に名前を呼ばれ我に帰る。
「ほら」
「…は?」
「お返し」
目を逸らして、臨也の胸に押し付ける。そこにはシンプルに包装された箱。
「え?」
「……あんなぁ、いちいち疑問形な返答すんな。手前に会ってイライラしてんのによお」
「あ、ごめん。これ、もしかして…」
「わりぃか!………作ったんだよ、わざわざ、な。本当は手前と同じようにコッソリ家の前に置いとくつもりだったのに、なに来てんだようぜぇ」
臨也は手に持った箱を眺め、信じられないといった様子で目を丸くする。
「忌々しいけど…あ、ありがとう」
「…別に…いちいちうぜぇ」
「中身は、……」
「クッキー…」
「俺を殺そうと何か入れてない、よね」
「…今、殺してやろーか」
「せめてこれを食べてから…あ、いや、それでもヤダ」
「…………」
「それより、シズちゃん…一番あげたい人いたんだよね。誰?」
「は?」
「それに、君の仕事の上司にもあげてるし。もしかしてバレンタインに貰ったの」
全く質問の内容に着いていけない静雄は唖然としていた。
「シズちゃんは、一体なんなの…ホント先読めない。誰が一番なの」
「……………」
静雄は臨也から発される言葉を簡単に整理してみたが、よく分からない。しかし、確かそんなことをトムと取り立て相手を待っていた時に話した気もしていた。何故臨也が知っているのかは至極分からないが。
「……たぶん、そりゃ…」
臨也はいきなり静雄のワイシャツをグイッと掴むと、唇に軽くキスをした。
「…む、お礼。もういいよ、コレありがとう」
「………」
「早くしないと殺されそうだから、帰るね」
「…手前……待ちやがれ」
「えっ…っんン」
今度は、逃げようとした臨也の腕を引っ張って、強引にキスを落とす。無理やり舌を絡ませて、先ほどの臨也がしたのとは違う、深い深いキス。
「……っん」
「…一番は手前ぇ、だよ」
「……………………」
「……」
「……………………ちょっと…たんま」
「…んだよ!」
「シズちゃん、口臭臭い…お煎餅でも食べたの」
(は?コイツ、バカなの?今、俺は、この忌々しいノミ蟲にとても言えないようなこと言ったんだよ?)
「…………………………………………………イーザーヤーくんよお…………」
「あ、あとこれで正式に恋人になった。よね。シズちゃん照れ屋だから、言葉では言えないだけ!これ、大切に食べるよ。もう、キレてるからまたね」
臨也はニッコリ笑うと素早いスピードで逃げていった。実はクッキーが割れないように、箱は慎重に持って。頬が少し染まっていた。静雄に見せまいと顔を必死で隠した。照れて素直に嬉しいと言えないのは臨也の方であった。静雄の予想外な言葉に負けたのだ。静雄は追いかけようと一瞬構えるが、何を思ったか自ら力をセーブして追いかけるのをやめた。正直、止められたのは奇跡に近いが。
「はぁぁ…ホント、厄介なノミ蟲を…好きに、なっちまったもんだよな。あとよお。せんべぇは日本の宝だ!、…今度はぜってぇ踏み潰す」
これが奇跡的に臨也に対して力を制御出来た理由。本当はお返しというものを渡せて嬉しかったのだろう。本当は、直接会って、「本命」を渡したかったのだろう。臨也の貰った時の嬉しそうな顔に負けたのだ。
(今日だけは、我慢してやる)
静雄もまた、波江の言う「バカ」な人なのだ。
「はあ…………」
静雄は頭を抱え溜め息をつくも、どこか安心した優しい顔をし、もうすぐ隠れそうなオレンジ色の空を見ると部屋へ戻っていった。


おまけ


「波江、ただいま★」
意気揚々として、折原臨也は帰ってきた。なにやらシンプルに装飾された箱を持って。
「…あら、貰えたの?」
「そうなんだよ、俺も驚いた」
「観察したの?」
「シズちゃんを一日中観察しているなんて、会うのと同じくらいいくつあっても命足りない」
「そう」
「でも今日は互いに、…はははッは」
「…………………(キモいわ)」
「さっそく開けて食べてみなきゃ」
臨也は包み紙をキレイに破り、箱をあげるとおいしいそうなクッキーが顔を伺わせた。
「種類たくさんあるわね、紅茶クッキー貰うわよ」
ひょいっとクッキーを一つ掴むと波江は口に運ばせた。
「意外に美味しいじゃな「……………………波江」
「なに?」
「殺して良い?」
胸ぐらを掴んで、殺意の籠もって目で、首筋にナイフを突きつける。波江は無表情で、臨也を見る。
「シズちゃんは俺にくれたんだよ。ってことは全部俺のなの、分かる?」
「………………(バカ餓鬼が…)」






20100314
・・・・・・・・・・
ホワイトデー小説。
バレンタイン書けって話ですが、受験真っ盛りだったもんで。書いた前提にしときます。互いに照れながら?ツンツンツンツンしながらシズちゃんの手作りクッキーを渡し、渡されたら良いかなと素直に思いました。
ここまでお付き合いありがとうございました。
















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