奪われた世界






奪われた世界は、いらない世界だった
その中に閉じ込められて逃げられないでいたのに
意図も簡単に奪われてしまった
初めて見えた 新しい世界は
優しく 温かく そして激しく
心を満たしていった
それが 刹那のような 錯覚だったとしても



これはある蔭間の話である。
千景というある料亭の店主の元に、一人の少年が陰間として働いていた。
少年の生い立ちは悲惨であった。貧しい農民の一人息子として生まれた少年は、江戸でひっそりと暮らしていた。貧しく、税徴収に苦しみながらも、少年は両親と幸せに暮らしていた。
しかしある日、それは壊れることとなる。
自分の目の前で両親を武士に殺されたのだ。そして生き残った少年は彼らの性交の相手になり、気が済むまで犯された。少年が12歳の時であった。全てを失い、それでも死ぬことが出来なかった少年は、未亡人として17になった今でもずっと生きてきた。辛うじて生き長らえていたのを、自分の働く陰間茶屋の店主に見つけられ、ここへ無理やり連れてこられたのだ。訳も分からぬまま少年は身体を開かされ、客のものを受け入れる。
両親が殺された日を脳に思い浮かべながら、少年は組み敷かれ、悲痛の声をあげる。
(…早く、終わ…て)
目の前で汗をほとばせ、眉根を寄せて腰を打ち付ける男は、少年から見たら真っ赤にしか見えない。汗は血となって少年の身体に落ちる。精液は血となって少年の中へ注ぎ込まれる。それは真っ赤に染まっていた。
両親が惨殺された、死ぬ寸前まで犯されたあの日を目の前に見て―――。
「…ぁ、あ゛…」
今日も、同じ。
お客様を満足させられたら、それで良い。そして、やっと解放される。真っ赤な真っ赤な世界から、と。繋がることに快楽など、なかった。少年にとって男色を売り、交接をすることに意味などなかった。血に染まり原型をとどめていない客と、交接そのものの痛みしかない。少年は、自分は何の為に抱かれるのか考える。すると、自分を連れてきた店主の言葉が頭に浮かぶ。
これが少年の生きる道
なのだと。
(きもちわるい)
「蔭間、気持ちよいか?」
少年にはそう聞こえた気がする。
(きもちよくない)
ただ客の言う通りに黙って抱かれる。決して涙も笑顔も見せずに。それが少年にとっての仕事であり、せめてもの抵抗でもあったのかもしれない。
そんな少年を好き、ここへ訪れ少年を抱く変わり者の客もいた。


甘い線香が全て灰になる。今日はもうこれで終わるという合図であった。
少年、――帝人は、ホッと胸を撫で下ろし、飛び散った精液を布で拭き、後孔に注がれた精液を指で掻き出す。そして乱れた着物を直すと、重たい腰をあげ部屋を出る。
(やっと…眠れる…)
これが、少年の日常。
(早く、血に染まった身体を洗いたい…)
べっとりとした身体をギュッと抱える
帝人が歩いていると、この店の店主が現れ帝人に近付いてきた。
「帝人」
「…は、はい。千景、様」
帝人は店の店主、――千景の声に肩がビクッと跳ね、身体を縮こませた。帝人はこの店主に対しては恐怖を抱いている。

それは数年前。
初めて会った時、会うなり彼に怯える帝人の衣服を剥ぎ、上から下まで全て眺め見た。そして頭を掴まれ接吻をされる。いきなりの接吻と息継ぎもままならぬ状況に、恐怖と嫌悪の声が漏れる。唇を離されれば、帝人は咳き込み、唇から唾液が垂れた。それを舐めると、ただ着いてこいとだけ言われ、供の人たちに腕を拘束され、籠に入れられる。たった数分の出来事に、帝人は思考が追いつかなかった。
彼の視線の恐怖に抵抗は出来なかったが、嫌な予感はしていた。そして、連れてこられた先が、彼が店主を勤める料亭。正式には、色を主とした料亭であった。
(お前は今日から、陰間として働け)
(…えっ…)
(異論は認めない)
(…やっ…)
(家が出来、飯が食えるようになる。救われたと思え)
本当に訳も分からぬまま、突然陰間として働くことになった。帝人には今でも嫌なのは変わりない。しかし、彼の視線の恐怖に帝人は反抗することは出来なかった。
「今日はもう一人客を相手しろ」
「……え」
「分かってるか。嫌だとは言えない。お前は、陰間としてだけ存在を認められているのだからな」
「………」
(そう、僕にはもうこれしか存在する価値はない…これが生きる…道)
「はい、千景様…。あ、このままで…」
「仕方ないが、そんな時間はないんだ。もうお待ちになっているから急げ。奥の部屋だ。行きなさい」
「はい」
帝人は、言われた通りに奥の部屋へと足を運ぶ。一日に二人相手をすることだってあるのだ。精神も体力も疲れるが、陰間としては当然のことなのだ。
(また、血が…真っ赤な世界に閉じ込められるのか…)
帝人は、重い足取りで部屋の前まで来る。襖の前で、一つ深く深呼吸をして、顔を変える。座って襖の向こうの相手に声をかける。
「お待たせいたしました」
「ん、早く入って」
襖の向こうから、男の声がした。少しだけ低音で綺麗な、若々しい声だった。そっと襖を開けると、男の姿を視界に捉え、男はニコリとした表情で帝人を見る。部屋に入り、彼のそばにゆっくりと寄った。
「お待ちさせてしまい、申し訳ございません…」
「ま、いいよ。名は?」
「帝人と申します」
「ふーん、どこかの大名みたいな名前だな」
「…」
真っ暗な黒髪、華奢な身体、吊り上がる口元、そして綺麗なまでの真っ赤な鋭い目、――年齢は20代半ばくらいであろうか、声からも分かるように若々しい男性であった。赤い瞳の奥に吸い込まれたように、帝人は彼を見つめ続ける。
「……そんなにジロジロ見つめて、俺に見取れてるの?」
「…!…………は、はい…」
「ははっ、誘い上手なのは躾られているからか」
「……い、いえ、本当の、ことです…」
「じゃあ何に見取れてた」
「…………赤い目に」
「!………………、どうして?」
彼の瞳がギョロっと動き、刺すように帝人を見つめた。
「とても純粋で綺麗で美しい赤、…そして…なにか、特別な熱をお持ちになった目ですから…」
「この目が、好き?」
「………………は、はい」
彼の指が頬に触れるとハッとした帝人は顔を赤らめ、彼から視線を逸らす。
こんなに客と喋るのは、帝人にとっては珍しいことだったからだ。部屋に入ればすぐに押し倒され、行為が始まる。一刻と限られた時間の中で、帝人は長い血染めの世界を彷徨う。
「でも、やっぱり商売だもんねえ」
「………」
その言葉を聞いた帝人はチラッと彼を見ると、赤い目の中に灰を秘めた、哀しそうな熱が籠もっていたのを一瞬だけだが捉えた。
目が合うと、今度は彼が帝人を上から下まで舐めるように見る。これは所謂品定めだ。こんなことは慣れっこなのに、熱を込めた赤い瞳で見つめられ帝人は俯く。
「時間無いから、始めよっか」
「……はい」
始める。それは性行為のことを意味する。陰間と色を持つには、時間に限りがある。一刻二時間。外へ連れ出されたり、一日買い切りもある。しかし金もそれなりにいる。だから訪れてくるものは、武家や商人など金を有した者であった。
「おいで、帝人」
「…はい」
帝人はさらにそばに寄り、密着する距離になると彼に優しく抱き締められる。そしてそのまま押し倒され、組み敷かれた。頭を抑えられていたので、いつもより押し倒される痛みを感じなかった。見上げれば、ニコリと口角を尖らせた彼の顔が見える。
「舌を出して?」
「…」
言われた通りに舌を出すと、彼はカプッと舌を甘噛みした。
「は…ぁ」
そしてねっとりと絡めるとそのまま深い接吻をする。
「……ん、んん」
歯列をなぞり、舌に巻きつき、彼の元へ吸い寄せられる。次第に唾液が溜まり、それは帝人の喉奥へ流し込まれた。
「…っ、は、はぁ…」
唇が離されると、舌を出し荒い吐息が漏れ、銀の糸が二人を繋いだ。再び軽く唇を押し当てられると、今度は舌が頬に耳に首筋へと移動する。濡れた舌を鎖骨に沿って舐め、骨を噛まれる。チュッと強く吸うと赤い痕が出来た。
「……ん、…!」
着物を剥がして、白く透き通った肌が露わになる。股に手を滑り込ませ、彼の手が帝人のペニスに覆い被さった。
帝人は反射で、彼の肩を押し退けようとした。それを見た彼は、帯で帝人の両手を縛り、上にあげる。
「抵抗したら、仕置きするよ」
「……ん、…申し訳…ありません…」
「…でもまあ、その方が楽しいかな」
彼はフッと笑うと、帝人の露わになったピンク色の乳首を舐める。
すると彼は眉根を寄せ乳首から唇を離すと、撫で下ろしていた手をペニスから後孔へと手を忍ばせ、グチっと指を一本入れた。
「あ゛…!?」
帝人はいきなりの刺激に身体をしならせる。
「…俺の前に誰か他の人としたね」
「……はっ…ぁ、…い」
「入ってきた時から生臭かったけど………客に対して対応がなってないんじゃない?そうゆうことは躾られてないの」
「……あ、、ぁ、申し訳、ありませ…」
指を適当に引っ掻き回し、内壁を爪で押す。先程行った交接で処理しきれなかった精液が質量を伴って後孔から流れ出、彼の指を汚した。帝人は指の動きと流れ出る精液の感覚に身体をビクつかせ、小刻みに震える。
何かが…おかしかった。
「ねえ、前の人との交接は楽しかった?」
「………ひぁ!?ぁ、、あっ…!」
彼の指が帝人のある部分を引っ掻くと、帝人は一層甲高い声を上げる。その声を聞き逃さなかった彼は、執拗にそこを爪で引っ掻き指圧で圧迫する。
「楽しかったか聞いてるんだ」
「…や、ぁ、ん…い…な、い」
「ん?」
優しい、それでいて哀しそうな赤い目が帝人を射抜く。
「…楽しく、な………い…」
帝人は眉根を寄せ目頭に涙を浮かべ、それはやがて頬から零れ落ちた。これは悔し涙であったのか、絶望の涙であったのか、それとも嫌悪の涙だったのか。全てだ。帝人は彼に言われて、先程の交接を思い出した。真っ赤に、染まる。たくさんの血が、自分を汚す。貫かれた後孔が痛い。
(でも――――……)
唇を噛み締め、涙を耐える。陰間が、このようなある種の「弱音」を吐くと言うのは、掟違いのことなのだ。陰間にそのような資格など存在しない。嫌と言うことは、タブーであった。
(―――涙など、流したことなどなかったのに)
「…………なんで、泣く」
(彼の顔が、はっきり見えるから)
そう、先程から何かがおかしかった。それは帝人の視界に映るものが、真っ赤な世界ではなかったのだ。陰間として組み敷かれた時には、全てのものが真っ赤に染まり、あの日を思い出すのだ。まるであの日に戻ったかのように、あの日を繰り返しているかのように、血に染まる。それが、彼は違っていた。彼の顔がはっきりと見えるのだ。真っ赤な世界でもない。あの日のパノラマも脳内で再生されない。
おかしかったのだ。

「そんなこと言える陰間もいるのか。それとも帝人が珍しいだけか」
「……ぁ、ん…ん…ゃ」
「じゃあ、俺とは楽しい?」
帝人の弱い所を執拗に責め立て、帝人を絶頂の渦へと昇らせる。小さいが限界にまで張りつめたペニスからは、薄透明の先走りが漏れ、だらしなく垂れる。
「……ああ、あ、…は…あ゛…!?」
「駄目だよ」
絶頂にのぼりつめた瞬間、それは彼の手によってせき止められてしまう。指がキツくペニスに絡みつき、溢れ出したいとのぼりつめた精液が指圧でせき止められ逆流する。帝人は腰を浮かせ、逝くことの出来なかったもどかしさと歯がゆさにガクガクと身震いする。
「……あ、あ゛ぁ………」
「俺とは楽しいか、楽しくないか言ってごらん」
「………ん……も、お…願い…いたし…―――〜〜あ゛あっ!!」
ギリリとペニスを握る手に力を入れると、身体中に電気が走ったような感覚になり、痺れる。溢れ出したいとペニスの中で激しく蠢く精液に身震いし、帝人は早くこのやるせないもどかしさをどうにかしたかった。
「……い、楽しい、で…す、……手を…んぁ…」
「本当に?」
「………っっ!」
もはや喋ることが出来ず、口をパクパクさせ、帝人は涙をボロボロ零しながら必死に頷いた。
「…いいよ、解放してあげる」
「あ、ゃ!…―――ふあ゛あ゛あぁぁぁ…!!」
亀頭に爪を立て手を離すと、やっと解放されたペニスから歓喜をあげたように精液が勢いよく飛び散った。極限まで張り詰めたペニスから弧を描いたように溢れ出した精液は、帝人の腹を汚し、喉元までも汚す。
先程の交接で帝人は一度達していたが、それでも先程とは天と地のように違う快感が身体中に押し寄せた。
いや、今まで‘快感’というものを感じることがなかったのだ。
「…さっきまで他人に抱かれて逝かされたはずなのに、すごい量…」
「んぁぁ、ぁ……申し訳…あ……」
「ふっ、俺も楽しいよ、帝人」
「ふ、………んぐっ」
腹に飛び散り、テカテカと光る精液を指で掬い帝人の口内へ押し込む。生臭い匂いと自身の精液を舐めてるという異様な自分に、嫌悪感と背徳感を覚え顔を歪ませる。
「初めてなんだ、この目を好きだと言ってくれた人間は」
ピチャっと喉元に飛び散った精液を舐めとると、帝人に口移しで飲み込ませた。
「……帝人の瞳に俺は何色に映っている?」
「………?」
彼は帯を緩め、絹の着物を脱ぐ。すると華奢な身体が露わになる。それは白くて綺麗で、‘赤’などなかった。
「…………っ!」
すると彼の張り詰めたペニスが、帝人の濡れた後孔にあてがわれる。
「俺には、全て真っ黒にしか見えない」
「あ゛ぁぁああああ!」
一気に奥へとペニスを挿入し、腰を打ちつけた。帝人は突然の深い挿入に目を見開き、あまりの快感に身体をしならせ、拘束された手で彼の胸を叩く。
「あ゛あ゛…あ…はぁ…ぁ、あぁ!!」
ギリギリまでゆっくりと引き抜かれ再び深く刺される。その度に彼のペニスが狭い内壁を刺激し、帝人は腰を浮かせる。甲高い奇声が部屋に響き、精液で濡れた後孔は滑らかに滑り、次第に水音も交ざって耳を犯す。
彼は帝人の弱い所を探り当てると、そこをズカズカと押し潰すように何度も打ち付けた。帝人は快感の波に溺れまいと唇を噛み締めるが、下は彼を離さないとペニスをキュッと締め付ける。
「あ、あ、あ……ぁ、ん…」
「気持ち、いい?」
「…ぃ、は…………ぁ…ぃ」
「――っ、はは、それは良かった。じゃぁ、もっと欲しい?」
「…ぃ、欲し………いっぁ」
痛みは、すぐに甘くとろけるような快感に変わり、帝人からは切ない鳴き声が漏れる。
そして、全てがクリアな世界の中で快感を全身に感じ、彼を素直に求めた。
貫かれる痛みや、恐怖などない。
(きもちよい)
(僕にも…真っ赤にしか見えていない、はずなのに)
(なぜ、あなたははっきりと見えるのだろう)
ほとばしる汗
吊り上がった口角
切なそうに寄せる眉根
程よく肉付きされ整った白く華奢な身体
繋がった二つの身体
そして、その複雑な熱を含んだ赤い目
全てがはっきりと視界に映る。自分の頭の中には、目の前にいる彼との激しい交接と、甘く痺れる快感しかない。余計なものなどなく、今この瞬間は、自分と彼だけの世界。
二人だけの、世界。
(どうして…こんなに、心が満たされるのか)
「……っ…ふっンン、…あ……ぁあ…はっ…!」
二人の荒い呼吸と、ずちゅずちゅという激しい水音が二人の世界を妖艶に奏でる。
「さあ、俺の……名を、呼んで 見て もっと、求めて」
「…はっ…あぁ、ぁ……」
「臨也、……俺は、臨也だ」
「あ゛!……い、……ん、んぁ…」
「また、逝かせないよ?」
乳首を摘まれ、帝人のペニスを乱暴に扱く。帝人は再び張り詰めたペニスから、苦しみの解放を求めた。
「……ざ、……いざ、や、さま…ぁ…」
「……ん?」
「…っい……臨、や…さ…臨也、様ぁ…!」
彼の名を呼ぶと、不思議と心の高まりが落ち着いた。彼の名を呼ぶと、彼の顔の変化がより一層分かった。はっきりと見える、安堵と苦しいほどの快感に心を吸われたような気がした。
帝人は臨也の顔を凝視し、ひたすら掠れた声で名を呼ぶ。
臨也と目が合い、見つめ合う。
二人だけの、世界の中で。
臨也は優しい笑みを浮かべると、帝人に覆い被さって噛み付くようなキスを落とし、腰を打ちつけた。
「ンン…んぁ、ぁ…っ、臨、也、さま…も、っ……!」
「帝人…、っ」
臨也のペニスが直腸を突くと、それは帝人の中で大きくなり、弾けた。
そして帝人のペニスを一度勢いよく扱いて、離す。
二人の世界の終焉。
「…――――――っ、ふあぁぁぁぁ…!」
「――――っ…」
腰を限界まで打ち付け、帝人の腰を引き寄せ臨也は達する。熱い精液が帝人の中にドクドクと放たれ、最後の一滴まで注がれる。帝人は内壁を刺激する射精に身体を震わせ臨也のペニスを逃がさぬようにさ締め付け受け入れる。そして自身もすでに透明となった薄いものであったが、腹に三度目の射精をした。
「………は、……ぁ」
全てを帝人の中に注ぎ身体を震わせながら余韻に浸る。グチャっと帝人の中からペニスを引き抜くと、臨也の精液が零れ出た。帝人は息を荒げ、呼吸を整える。
「はは、…………あっはははは!」
臨也は急に笑い出すと、両目を隠す。
「ははっ……おかしいな、…」
「……はぁ…はぁ…?」
帝人は組み敷かれたまま、無言で彼を見つめる。
「どうして…、帝人は見えているのだろう」
「!」
「奇妙で不気味で、……忌々しいよ」
臨也はニコリと笑うと、帝人の唇に軽く接吻をする。
「…はぁ…は…っん」
「もう、時間だ」
臨也は事後処理を簡単に済ませると、着物を着た。帝人は疲労と倦怠感で動けず横になったままであった。
「とても…、楽しかったよ」
「…もったいない、お言葉…」
優しく笑う彼を見た帝人は気力のない声呟くが、ニコリと微笑んでみせた。
彼の笑みに呼応したように笑みが自然と零れたのだ。蔭間になって、このような交接は初めての経験だった。交接することが苦しみでなかったのは初めてで、こんなに心が何かに満たされたのも初めてであった。蔭間である帝人にとって交接することには何の意味もなく、ただの‘仕事’であった。他人と身体を重ねることの温かさも優しさも、また激しさも感じることはなかった。帝人は蔭間としてではなく、一人の人間として、彼の中に溶けたような気持ちになった。例えこれが一時の錯覚だったとしても。
「…ふっ、はは…ああ、そうだね」
「…臨也、様」
「ん…?」
「少し、少しだけ、その目を…」
帝人は臨也の目を焼き付けるように見入る。
「………」
「赤い、…だから、…」
(彼に世界を盗られたのだ)
(いや、彼自体が、真っ赤な世界なのか)
「…なんて、酷な…」
「なにが?」
「…私の人生が、です」
それでも、彼が、見たくない逃げられないあの世界を自分自身から消してくれたのだ。
「そうだね」
「……」
帝人は微笑んだ。
「でも、俺も、―――」
(この蔭間に真っ黒な世界を盗られたのだ)
(赤い目をしているのに、――いつも全てが黒く、闇の中にいるようなのだ)
(この奇色な目玉には、何も見えなかったのに)
(あの刹那のごとく過ぎた時間の中で、俺は初めて、色彩の世界を見た)
「また、…来るよ」
「……どうぞ、ご贔屓に…」
帝人と臨也の世界は、刹那のごとく過ぎた。
あの日を映し出し苦しむ帝人と、何も映し出さない臨也。しかし二人の世界は似ていたのだ。互いが互いの世界を奪い合ったことも知らず、二人の交接は、まるで二人がここにいることを確かめ合うように、苦しみという呪縛からの解放のように―――二人を切ないほど優しく、温かく、染めたのだ。
彼らの運命の歯車が狂い始めたのだ。

蔭間は一人の青年に出会った。
(臨也様…また、お会いしたい…)
横になって、去っていった襖の先を見つめる。振り向いて彼の赤い目が、帝人を捉えた気がした。







20100520
・・・・・・・
蔭間を利用した単なる臨帝のエロじゃね。なんて言わないでください。私なりに今回はセックスのシーン頑張ってみました。あと心理描写も頑張ってみました…。でも口調が江戸時代じゃないですね。気にしないでください。これは続きがある前提で二人の出会いを書いたものです。(でも続きませんw)色々とアレな感じになりましたが、元ネタ提供してくださったみくろ様、ありがとうございました!


















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