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ヘン……だ。
一緒にシャワーを浴びに行っている時も。
部屋に戻った今も。
なんだか黙りこくったままで。
渚はベッドの上にあぐらをかいたまま俯いて、こっちを見ようともしない。

「今日は七夕なんだって」
気まずい雰囲気になるのが嫌で僕は必死に話題を探す。
なんか機嫌を損ねるようなこと言ったかな?
あんまり頻繁に泊るから迷惑なのかな?
「ふう……ん」
気の無い返事が虚しく部屋に響く。

「僕……やっぱり今日は帰るよ」
「え……どうして?」

驚く紅い目が大きく見開いて僕を見る。
「……だっていつも泊ってばかりで悪いし……それに……」
渚、機嫌悪そうだし……って言いかけたら……。
「シンジ君、こっちに来て」
思いつめたような、いつになく真剣な顔で見つめられた。

「なに……?」
その尋常じゃない様子につられて僕は渚の隣に腰を下ろす。

「帰らないで側にいてよ」
「え……」
眉を顰め辛そうに僕を見つめるその顔が急に近づいてきて。
「な、渚…?」
白く細い二つの腕がそっと僕の腰に回って、渚は甘えるみたいに僕の首すじにすりすりと顔を埋めてくる。

「どうしたんだよ……」
ふわっと柔らかな銀髪の、洗いたての匂いにドキッとして。
「キスしていい?」
「は……?」
「シンジ君とキスしたい」

顔を上げて僕を見るその表情は、今まで見たこともないような切羽詰まった切ない顔。
「さっきシャワー浴びてる時からもう我慢ができなくて。今もそう。君が隣にいるのかと思っただけでもう駄目」
渚の白くて大きな手が僕の手をぎゅっと掴んでそして……。
「僕のこんなになってどうしよう……君のせいだから」
掴まれた手は迷うことなく渚の渚たる場所に持っていかれて。思わぬ質量に僕は慌てて手を引っ込める。
「ば、バカ……そんなの知らないよ!」
跳ねあがる心拍数。首すじにかかる熱を帯びた渚の吐息。
黙りこくっていたのは機嫌が悪いせいじゃなかったんだ。

「好き……大好きなんだよ、シンジくん。僕のことを嫌いでもいいから……だから」
──一度でいいからキスさせてよ……。

「……キスなら前にしただろ……」
え? と渚は不思議そうな顔をする。
「ああ……過呼吸の時のアレ? あんなの……本当のキスなんかじゃないよ」
不機嫌そうに頬を膨らませ、僕に抱きついたままうっすらと頬を染めて俯く渚。
さらにぎゅっと両腕の力を増して僕にしがみついてくる。

ね? シンジ君、お願い。お願いだから、1回でいいから。

僕を捕えて放さない華奢な両腕、熱い身体、甘い吐息。
まるで鮮血を濃縮して固めて磨き上げたような、透き通った赤いふたつの眸が上目遣いで僕を射る。

「……1回だけ……なら……いいよ」

これはもしかしたら渚の罠なのかもしれないけれど。
どうしてもその懇願に僕は抗うことができなくて。
僕は恥ずかしさに下を向く。

「ホント? ホントにいいの?」
「はやく……しろよ!」
さっきとは打って変わった渚の嬉しそうな声。
ああ、やっぱり僕は渚の術にハマッてしまったと後悔してももう遅い。
細くてひんやりした指で顎を支えられ顔を上に向けられて、僕は固く目を瞑る。



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